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第二百五十二話_short 資質 [literary(文学)]

「この人は研究者としての資質に欠けるのではないか……」

 ついに弔問委員会からそのような結論が出た。

 もういや。なんで私がそんなことを……。春代は思った。思えば半年前に発表した論文でミスが発覚したことがことの始まりなのだが、それだって教授から言われたことをしただけなのに。

 次第に腹が立ってきた。もともと勝気で自分は決して間違っていないと思って三十余年を生きてきたのだが、こんな屈辱を受けるのは初めてだ。

 もうだめ。こんな社会なんかなくなってしまえばいいのに。春代はふと考えた。あの研究で発見したスタンプ病原菌を世間にばらまいてやろう。そうすればみんなスタンプ病原菌はほんとにあったんだということを身に染み込ませながら死んでいくことだろう。そうだ、そうしよう。

 夜半、夢枕に神が現れて言った。

「お前。何を考えている。研究者の資質どころか人間の資質を失ってしまうことになるぞ。いいのか?」

 神が消えたあとわが身を振り返ると、手足に毛が生えはじめていた。おお! なんてことだ。私は獣に退化しようとりている!

 自分の声で目を覚ますと朝になっていた。春代は昨日はなんてことを考えてしまったんだろうと後悔し、研究者の資質を問われようが問われまいが、自分が正しいと思った道を進んでいこうと心に誓った。

                          了

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第二百五十一話_short もっと真面目にやれ [literary(文学)]

「警官が泥棒を捕まえるっていうのはどうでしょう?」

 馬次目太郎が言うと部長が怒鳴った。

「なんだそれは。それのどこが面白いのだ。真面目に考えろ!」

 今度は伊井下眩太が口を出した。

「ああ、それなら泥棒が警官を捕まえる方がおもしろいんじゃないですか?」

 部長がしかめっ面を緩めて言った。

「おお、それはいい。面白くなるかもしれない」

 なんだ面白くない、俺のアイデアをひっくり返しただけじゃないか。それにそんなの世間が許さないんじゃないのか? 馬次目は思ったが、それは口に出さずに次の展開を考えた。

「なら、捕まった警官が実は汚職警官で……」

「つまらん! よくあるパターンだな」

「しかし部長……」

 馬次目は反論しようとしたが部長に遮られた。

「だから、もっと真面目に考えたらどうだ?」

 再び伊井下が続ける。

「僕はね、いきなり神が登場して泥棒と一緒に警官をとっちめたらいいんじゃないかと」

「おっ、いいねいいねー。スケールがでかくなったじゃないか伊井下君」

 いったい真面目に考えるとはどういうことなのだ? 馬次目太郎には分からなくなってきた。

 根が真面目すぎる彼には、このゲーム開発会社で勤めるのは無理なのかもしれない。

 

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第二百五十話_short 空腹 [literary(文学)]

「確かに言いました!」

「いいや、そんなこと言った覚えはない」

 先ほどから言った言わないで言い争っているのだが、私はほんとうにそんなことを妻に言った覚えがないのだ。

「今度のボーナスで好きなものを買ってやるって」

「いいや、知らんぞそんなこと」

「それに、洗濯機も買い替えるって」

「まさか! そんなにないぞ、俺のボーナス」

 最近こんなことが多くなってきたように思う。言った覚えのないことが言ったことになっているのだ。定年退職を前にして、まさか惚けてきてるのではないかなと自分の頭が心配になる。

「そんなことより、飯はまだか? 腹が減ったぞ」

 妻は怪訝な顔で答えた。

「あなたなに言ってるの? さっき食べたばかりじゃないの」

「さっき? 俺が?」

 今度は私が不思議な顔になる。

「あなた、惚けたふりなんかしてもだめよ。一度言ったことは取り消せないんだから!」

 なるほどそうか、その手があったか。惚けたふりをすればいいのだ。実際にそうなのかもしれないが。

「はい、お茶

 目の前に湯飲みを置く妻を静かに見つめながら私は惚けたふりをして言った。

「どうもありがとう。どこのどなたか存じませんが、ご親切にどうも」

 しかし妻は動じない。驚きさえしない。さっきの飯の続きだと思っているのだ。

「あなた、しまいに怒りますよ。そんなことして誤魔化そうだなんて」

 しかし言ったのかなぁ、好きなものを買ってやる、洗濯機も買い替えるだなんて。覚えてないんだなぁ。だいたい妻も昔からとんでもない勘違いをするたちだったし、なにがほんとうなのやら。

 それにしても食べたばかりだというのにどうしてこんなに腹がへっているのだろう。私はほんとうに夕食を食べたのか? それならどうして食べ終わった食器がシンクに溜まっていないんだ? 妻が片付けているところも見ていないが。

「あなた、今度のボーナスのことだけど……」

 妻が最初と同じ台詞を言った。

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第二百四十九話_short 俺しか知らないこと [allegory(寓意)]

 は、恥ずかしい。家にたどり着いてから気がついたんだが、ズボンの”社会の窓”が開いたままで、しかもワイシャツの端っこが飛び出していた。ああ、最後にトイレに入ったのはあの飲み屋だった。ということはあそこからずーっとこんな状態だったんだ。アーケードをあるいているときも、電車に乗っている時も。

 だが待てよ? 誰かが見ていたかな?それに上着で隠れていたに違いない。そうだ、誰も俺の股間など見ているわけがない。こんな恥ずかしいこと、知っているのは自分だけだ。そうなんだ、なにも恥ずかしいことなどないぞ。どうだ、文句あるか?

 自意識過剰というか、自分が意識してしまったことは、他人も知っているのではないかと思ってしまうのは俺の欠点だ。しかし実際にはそんなことはほとんどないのだと気づくまでに長い年月がかかったものだ。

 朝起きると世間が騒がしかった。マンションの玄関に大勢の人間が押し寄せていた。いったい何事なんだ?

「あの、ちょっといいですか? あなたの会社があなたを横領容疑で調査すると発表しましたが、それはほんとうですか?」

 え? なんだ? なぜそんなことが?

 俺は一瞬焦った。寝耳に水とはこのことだ。確かに毎月少しずつ自分の口座に横流ししてきた金額が数千万単位にまで膨らんでいる。しかしそんなことは経理部長の俺にしかわからないはずだ。なぜ会社がいまさらそんなことを? いやいや、知るはずがない。経営の低迷を俺のせいにしようとしているのに違いない。そうだ。奴らが知るはずないのだ。現に昨日までそんな噂も何も聞いたことがないし、昨夜だって常務は何もいわなかったぞ。

 知っているのは俺だけだ。そうなんだ。会社の連中がが知るはずない。ならば俺が知らないことにすれば誰も知っている者なんていないのだ。何も恐れることはないぞ。

「なんだ君たちは? 私は知らんぞ。そんな話は聞いたこともない。よその会社の間違いじゃないのかね?」

 そうだ、俺は知らん。まったく知らん。記憶にございません。

 どうだ文句あるか? 

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第二百四十八話_short うずら [literary(文学)]

 スーパーで普通に売っている鶉の卵。十個で80円くらいで売っているあれなのだが、その中に有精卵が混ざっているという。温めてやると十個に一個くらいの割合で孵化するのだそうだ。なんだか可愛いような気持ち悪いような話だが、とても興味がそそられ、さっそく鶉の卵を買ってきた。

 部屋の片隅に段ボール箱を置き、その中に小さなあんかをタオルに巻いて入れ、常に人間の体温くらいになるようにキープして数日間待った。毎日少し転がしては様子を見て母鳥のように愛情たっぷりに温めた。

 すると十七日目、ついにひとつの卵が内側から殻が割られ、可愛い雛が姿を現した。

 私は鶉という生き物を見たことがない。だが、写真で見たのとよく似ている。小さな卵と似た柄の羽毛に包まれた小さな生き物がぴいぴいと声を出していた。

 育て方などわからなかったが、ネットで調べ、鳥の餌を購入し、毎日丁寧に育ててやると、雛は日々目に見えて育って言った。小さなうちは可愛いが、いつ親になるんだろう。親になっては可愛くないのではないか。そう心配していたが、雛はそのままの形で大きくなっていった。

 あれからひと月余りが過ぎたのだが、未だ生まれたときと同じ雛の姿をしているあの子には「うーちゃん」と名前を付けた。うーちゃんは同じ姿のままでどんどん成長している。一体この先どうなるのだろう。いまやベッドの上はうーちゃんが占領してしまっている。このままではこの部屋からはみ出してしまうのではないだろうか。動物園にでも連れて行った方がいいのではないかと思いだしたのだが、それにしてもこの子をこの部屋からどうやって出せばいいのか見当もつかないでいる。

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第二百四十七話_short 倫理りんりん [allegory(寓意)]

 ウチの子供たちには常日頃から教えていることがいくつかある。

 それはおおむね人としてどうあるべきかという道徳観などで、たとえば、人様に迷惑をかけるなとか、親は大切にしろとか、キリスト教信者ではないけれども右の頬を打たれたら左の頬をさしだせとか、そんなことだ。

「どうだ、最近は。私の教えを守ってるか?」

 中学生の次男が答えた。

「うん、もちろんだよパパ。僕は、虐められるよりは虐めろってのを守ってる」

 大学に通う長男が答えた。

「俺はさ、騙されるより騙せだな」

 なんてことだ。この子たち、間違ってる。するとそれに気づいたのか妻が言った。

「あなたたち、偉いわ。やられてからやり返してたんじゃダメよ。やられる前にやれ、が正しいのよ、いまの世の中は」

 私は間違ってるのだろうか。

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第二百四十六話_short 刺し傷 [suspense(不安)]

「どうしてあんなことをしたんだ?」

 昔の刑事モノドラマに出てくるゴリさんに少しだけ似ている、いかにもという感じの刑事が感情を押し殺して言った。だが、なんと答えたらいいのかわからない。

「しかもあんな山の中で……お前があんなところに誘い出したんだろう?」

「ち、違います!」

 なんとかそれだけ答えた。

「じゃぁ、ガイシャの方から誘ってきたというのか? 無残に体中を刺されるために?」

 信じてもらえるかどうかわからないが、ほんとうのことを伝えなければ。私はそう思ってなんとか唇を動かすことを決意した。

 美夏と私は親友だ。いつも一緒にいて、どんなことでも相談し合う。休日には、デートがない限りは一緒に映画を見たり、時にはハイキングに出かける。

 あの日はとてもさわやかなお天気だった。たまには身体を動かしたいね、なんて言い合っていた私たちは、近所の山にハイキングに出かけることにした。以前みんなで出かけたことのある山なので、気楽な気持ちで出かけることができた。

 とても低い山だから二時間もかからずに頂上にたどり着くことができる。私たちは緑が放つなんともいえない心地よい空気を胸いっぱい吸い込みながら歩き、頂上でお弁当を食べた。しばらく休憩してからそろそろと下りはじめたのだが、坂道の途中で美夏が足の痛さを訴えはじめた。

「靴ずれが……新しい靴なんか履くんじゃなかった」

 とても痛そうにしている美夏を励ましながら私はあることを思い出していた。

 人間は身体のどこかに違和感を感じたらそればかりが気になってその違和感はますます増長してしまう。たとえば身体のどこかが痒いとき、掻いたりするからますます痒くなる。歯が痛いと思ったら舌の先でその歯を撫でまわし、ますます痛みを感じてしまう。つまり、自分で自分をいじめてしまうのだ。だとすると、意識をどこかほかの場所に移せば、もともとの違和感は忘れられるということなのだ。

「美夏、大丈夫? 歩けないの?」

「うん、歩くとますます痛い」

「わかった。私、いい方法を知ってるの。足が痛くないようにしてあげる」

「ほ、ほんと?」

 私はお弁当の後にフルーツを食べるときに使ったフルーツナイフをナップサックから取り出し、美夏の腕を刺した。

「い、痛い!」

「あ、ごめん。でも、こうすればほら、足の痛みが消えたんじゃない?」

「えっ? あ、ほんとだ。足が痛くない……でも今度は腕が痛い」

 なるほど。そりゃそうだ。私は少し考えた。

「じゃぁ、こうするわ」

 今度は美夏の肩にナイフを突き刺した。

「痛い! でも今度は肩が……」

「それなら、ここは?」

 今度は美夏のお腹、お尻、腿、腰、胸、美夏が痛いという度に場所を変えて次々と刺していった。

「わ、私もう……」

 全身血だらけになって気を失っている美夏を見つけて私はようやく自分が何をしたのかと思った。私はただ、美夏の痛みを取り除いてあげたかっただけなのに。

「そう、私は美夏の痛みを忘れさせてあげたかっただけなんです!」

 私の話を聞いていた刑事は大きく頷きながら微笑んだ。

「なるほど、よおくわかった。君は彼女を助けたかっただけなんだな。親友への愛だったというわけだ……なんて訳がねえだろ!」

 刑事は両手で机をドンと叩きつけた。

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第二百四十五話_short 山の教訓 [allegory(寓意)]

 中学に上がったばかりの息子を連れて近場の山登りに出かけた。息子にしてみればロープウェイを使わずに山に登るというのは初めての経験で、前日から楽しみにしていたようだ。

 最寄りの駅を降りて、神社の参道を抜けて裏道に入っていくとそこが登山口になっている。登山と言っても標高四百メートルに満たない程度の山なので、初心者にはぴったりのコースだ。美しい青葉や滝を眺めながら山道を歩くのは気持ちがいいはずだ。とはいっても山登りであるから、急な坂道や階段を登ったかと思うとまた降りて谷あいを歩いてまた登るという概ね三時間ほどの道のりは子供にとっては楽なものではなかったのかも知れない。

 山の途中ではものも言わずに黙々と歩いている息子の姿は頼もしい感じさえあったのだが、三時間を過ぎて下山し終えたあたりで休憩しながら息子に訊ねてみた。

「どうだった、今日の山登りは?」

 息子はしばらく考えていたが、しみじみとした口調で答えた。

「そうだなぁ、山って人生みたいなものだと思うなぁ」

 おお。たった一回の登山で人生にたとえるような教訓を発見するとは! 人生谷あり山ありなどという言い回しはありふれたものかもしれないが、それでも親として少し誇らしく思った。

「ほう、そうか。それはいいことに気がついたな。どんなところが人生みたいなのだ?」

 念のために聞いてみた。

「……しんどい。山を登るのって生きていくことみたいにしんどいわ。こんなしんどいのは、一回きりでいいな」

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第二百四十四話_short 物語 [literary(文学)]

 ひと組の男女がもうひと組の男女と複雑に絡み合いながら愛を深めていくという内容の映画を観終わって思った。

「他人の恋愛話なんてどうでもいいはずなのに、なんでこんなもの見たいと思うんだろう」

 映画の中の恋愛が成立しようが破局を迎えようが、そんなもの自分の人生にとって関係ないし、なんの意味もない。なのに人はそういう他人の物語を見たがるし知りたがるのはどういうわけだ? 少し考えてから、そういえば人の人生を覗き見したがる習性のことを思った。

 テレビの情報番組では常にだれか有名人の恋愛や不倫話を追いかけっているし、実生活の中でも誰が離婚したとか誰かが会社を辞めたとか、そういうことが気になって仕方がないのが世の人々なのだ。

 他人の暮らしぶりを自分の人生の参考にしたいということなのだろうか。あるいはただ単に人の生き方を自分に投影してしまう習性があるということなのだろうか。

 いずれにしても映画やドラマ、小説や漫画など、どれもこれも大方は他人の人生について物語られたものばかり。そういうものを人々が求めるから、作り手はまたそういうものを作るのだ。

 人間って不思議な生き物だな。だから物語を作る商売が成り立つんだものな。

 まるで他人ごとのようにそう思いながら、私は盗聴器を調整し直し、窓外に向けられた望遠鏡に目をあてがう。

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第二百四十三話_short 指輪 [literary(文学)]

 人の持ち物には時として思わぬ情念が染み付いていることがあるという。

 とりわけ宝石類はヤバイのだとまことしやかに噂されている。

 実は今ここに大きなサファイアらしき石に豪華な装飾が施された指輪があるのだけれど、どうしようかと迷っている。いまさら何を迷うのだ、リサイクルショップの店頭ではいささかの迷いもなくこれを手に取ったではないか。華やかな衣類が所狭しと吊り下げられた明るい店の奥に少し気取った風に飾り付けられた小さなテーブルがあり、そこには大小さまざまなアクセサリーが展示されていた。その真ん中あたりにひっそりと、しかしたっぷりと存在感を示しながら置かれていたのがこの指輪。鮮やかなグリーンがひときわ目を惹いた。そして何よりこの石がこんな値段で? という値札が付けられているのを見て私は思わずそれを手に取った。

 でもねえ、こういうものの中古品ってどうなのかしら? 普通なら気持ち悪く思う私なのだが、このときばかりはそうも言ってられないという気持ちになった。それほど魅力的な指輪だったのだ。これならあのワンピースに、いや、ブルーのスーツにだって合わせられるわ、頭の中ではそんなコーディネイトへの思いが充満していた。小テーブルからレジまでは近い。私は店員に言った。

「これ、いただくわ」

 家に帰ってから取ってのついた紙袋から指輪を取り出して眺め直したが、やはり美しい。でも、その段になって冒頭に書いたような情念の話を思い出してしまったのだ。店頭ではリングの大きさだけをみて、ああ、7これなら大丈夫、薬指か中指に入る。そう思い込んでしまったので、実は指にはめていない。いまようやく左手の薬指に差し込もうとしてためらっているのだ。

「ふふ、ばかね。何を考えてるの? 安いって言っても千円札を何枚もはたいたんじゃない。つけなきゃもったいない」

 独り言を言って自分を鼓舞してみる。

 ままよ! と思ってそれを薬指にはめた。ぬるぬるっと指をたどってぴったりと治まった。と思った。

 薬指のつけ根で誇らしげな指輪をしげしげと眺めてから他の指にはめ変えてみようと思った。次の瞬間。

「あっ!」

 私は思わず叫んだ。

「うっ! 抜けない!」

 あまりにもぴったり過ぎて、きつくって。

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