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第四百五話_short 表現者であらんとする男 [literary(文学)]

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 文男は昔からの夢だった作家を目指している。ただ、彼は既に六十歳を大きく過ぎていて、作家になろうと決めたのは定年退職して暇になってしまったからだと言うのがいささか厄介だ。

 日夜小説とは何だとか、どうすれば小説らしいものが書けるのだろうとか、小説家はどうあるべきなのかとか、そんなことばかりを夢想しているのだが、最近もあることに思い当り、さっそくそれを実践することにした。

 そのあることとは、自分が行う行為を表現するときに、いままであまり頓着してこなかったのではないかということだ。

 表現者たるもの、言葉のひとつひとつにこだわって選び、またたった一つの事柄を表現するにしてもさまざまに言い表すことができるのだと言うことを知った上でひとつの表現を選ばねばならないのではないかと文男は気がついた。

 たとえば今から外出をするにあたり、どうやって家を出ていくかなのだが……

 文男は黙って玄関ドアを開いて表に出た。

 いや違うな、簡単過ぎる。

 文男は食卓のコーヒーカップに残されていた覚めたコーヒーを喉に流し込むとやわら立ち上がり、薄手のコートを掴んで廊下に出た。玄関は廊下のすぐ先にあり、文男は無造作に足を靴の中に突っ込んで外に出た。

 うーむ。なんだかそれっぽくなったけど、食卓の場面から書くべきなのだろうか? それに何か意味があるのだろうか? 

 文男が住むマンションの玄関はタタキが今風の人口大理石になっていて来客があると少しばかり豪華な印象を与えるような造りになっている。しかしそんな瀟洒な玄関なのに、文男と妻の靴が多すぎて所狭しと並んでいる。下駄箱に収納すればいいのだが、その下駄箱も靴があふれていて入りきらないのだ。それに文男自身は面倒くさがりなのでいちいち下駄箱に靴をしまうという行為をほとんどしないのだ。だから、人口大理石に並んだ靴の中から一足の革靴を選んで無造作に足を突っ込んだ。足元の靴をふまないようにしてドアノブに手をかけて文男はようやく玄関の表に出ることができたのだった。

 なんだこれは長すぎるんじゃないか? ここまで玄関の描写が必要なのだろうか?

 文男が無造作に靴を履いて玄関のドアに手をかけると、後ろで妻の声がした。

「あら? お出かけ? 帰りにマヨネーズを買ってきてくれる?」

 妻はなにかと言えば人に用事を押しつける。自分で買いに行けと言いたいが、ここで余計なもめごとの元を作りたくない。 

「ああ、わかった」

 文男は小さく返事をして急いで外に出た。

 ふむむ。登場人物が増えてしまった。この先妻との絡みを描くのならこういう方法もあるのかもしれないけど……どうかなぁ?

 文男は玄関先でちらりと時計に目をやった。

 いかんいかん、もうこんな時間だ。少し急いだ方がいいかもしれない。

 そんな気持ちが頭の中をよぎって慌てて靴に両足を突っ込みながらドアノブに手をかけた。ドアを開けると明るい日差しが顔に当たった。いい天気だ。外出日和だな。そう思うと急ぐ気持ちが少し萎えた。

 なんだかひとりよがりな気もするし、面白くもなんともないし。

 文男は玄関に並んだ自分の靴をふんづけながら今日履く靴を選んだ。ええーっと、これは昨日犬の糞を踏んでしまったやつだし、これは今日の服に合わないなぁ。衣装にはあまり気を使わない癖に持っている靴は多いのだ。ようやく一足を選んで無造作に足を突っ込み玄関の外に飛び出した。

 ……表現者気取りの下手な作家もどきである文男は、こんな風にして今日も一日外に出られそうにないのである。 

                      了


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第四百四話_short 癖の多い男 [literary(文学)]

 その男はやたらIT系に長けていた。半年前にウチの部署に配属されて私とPCを並べて働いているのだが、私よりも一回り年下の割にはPCの扱いが上手く、知識も豊富だった。

 大学を出てまだ十年と少しばかりのはずなのだが、見た目はもう少し歳を重ねているように見えるし実際周囲からは若手というよりも中堅社員として慕われているようだった。

 その彼の仕事ぶりが最近とても気になりだした。もしかしたら私のやっかみだろうかと自覚はしているのだが、彼はまるでピアノでも弾いているようにキーボードをたたき、作業の終わりにはオーケストラの指揮者が演奏にピリオドを打つようにリターンキーを叩くのだ。

 そんなに優雅な手さばきでキーボードを打つこともないだろうに。いったんそう思ったら彼のそのしぐさがウザい以外の何物でもなくなってしまった。

 さらに彼はキーを打っている最中に頻繁に右手首を大きく振って、俺は腱鞘炎にならんばかりに仕事をしているぞと誇示するのだ。その上今度はその振った手首を額に宛がい、縮れた髪の毛を少しさわって見せる。時折画面に現れているデータを見ながら「ん? んんー?」と訝しそうな小声を上げ、俺はデータの間違い等微塵も見逃さないぞという演技をするのだ。

 ああ、すべてがウザったい。

 最初の頃は気がつかなかったのだが、彼がこの職場に馴染み、周囲が期待する以上の仕事ぶりを発揮しはじめた頃から気になりはじめた。こうして考えてみると、やはり単に私がやっかんでいるだけなのだろうか。

 しかし、私も性分としては一度気になりだしたらもうどうしようもない。かといって彼に否があるわけでもなし。

 思っているうちにあることを思いついた。

 そうだ、年替わりにでも、気分転換に席替えをしませんかと上司に提案してみよう。 

 我ながらいいことを思いついたものだとうれしくなった私は、自席に着いたままドヤ顔で背筋を伸ばして首を左右にコキコキ言わせた。 

                      了


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第四百三話_short 悪魔払い [comedy(笑噺)]

 実家がクリスチャンの私は小さい頃に洗礼を受け、キリスト教信者になった。だが、夫は普通に無神論者で結婚式は教会で挙げたが、親の葬式は仏教だった。キリスト教の本場でなら難しいのであろうが、日本に住む私たちは宗教が違っていても難なく所帯を持つことができたのだ。

 ところが最近になって、夫を無理やりにでもクリスチャンにしなかったことを後悔しはじめている。まだよくは分からないが、夫は悪魔に取り憑かれているのではないかと思うようになったからだ。

 本来夫はとてもやさしくて親切な人のはずだった。ところが去年、会社の人事で業績の悪さを理由に降格させられ、庶務課に配置換えされてしまった頃からおかしくなりはじめた。毎日疲れた顔をして会社から戻ってくると「もう辞めたい、もう辞めたい」とことあるごとに言うようになり、私がなだめてもろくに返事もしない。青白い顔でぎょろっと私を見返すばかりで、今度は「もう生きていたくない」ともっとひどいことを言い出すので、私はもう相手にしないようにしていた。

 するとやがて帰りが遅くなり、深夜に酒臭い息を吐きながら帰るようになった。「どうしたのよ、あなたらしくもない」というと、「うるさい!」と言って寝室にこもってしまう。寝室まで追いかけて、やさしく身体を撫でてやろうとすると、あっちへ行けと突き放される。それでも取りすがると「お前になんかわからない!」といいながら暴れ出す始末だ。

 どうしたらいいものかと悩んだ挙句、実家の両親に電話で話をすると、「それはもしかしたら悪魔憑きかもしれないな」と言い、三日後にはエクソシズムというタイトルの本が送られてきた。

「私の夫に巣食っているおまえは誰だ?」

 眠っている夫の枕元で何度もそう言うと夫は眠ったまま答えた。

「モーモクーロ……」

 こんなに簡単に名前を明かすなんて……案外弱い悪魔なのかも。

「出ていけ。悪魔モーモクーロよ! 夫の身体から出ていけ!」

 翌朝、夫はとてもさわやかな顔になって会社に行った。悪魔払いが成功したのだろうか。

 ところが夜になって何か紙袋を下げて帰ってきた。

「なによそれ」聞くと、「ああ、これ、前から欲しかったんだ。ごめん、買ってしまった」

 アイパッドとかアイポッドとかいう電気の板だ。

「なんでそんなもの買うのよ? いくらしたの?」

「まぁ、いいじゃないか」

 欲しいものを手に入れてしまった夫は何を言ってもニコニコしている。夫が元気になったのならそれもまあいいか、そうも思ったが、いったいお金はどうしたのだろう。 

「どうやって支払ったのよ? あなた、そんなお金ないでしょ?」 

 夫は答えない。私は気がついた。まだ悪魔はいる。夫に向かって言い放った。

「悪魔よ! 出ていけ! 今すぐ夫の身体から出ていけ!」

 夫が身もだえしながら言う。

「な、なんだそれは?」

「言え、どうやって払った? お金はないだろうに。支払いはどうしたのだ? 分割払いか?」

 夫が苦しそうに言った。

「あ、悪魔払いで……」 

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第四百二話_short 怒りの応酬 [comedy(笑噺)]

「いったいぜんたい、どうなってるんです?」

 品物の納入が遅れると伝えに来た零細下請け会社の社長遅礼に向かって金田は大きな声でいきまいた。

「いえ、だから、申し上げているのは、原材料業者からの納入が大幅に遅れてしまいましてね、それが生産にも影響を及ぼしてしまったんですよ」

 奥礼はひたすら頭を下げながら謝ったが、金田はいっそう声を荒げた。

「そ、そんなことウチには関係ないじゃあないか、そっちの問題だろう? それにそうならもっと早く言いに来ればいいじゃないか!」

 金田の怒りはますます膨れ上がる。自分のどなり声によってさらに怒りを増長してしまうタイプなのだ。

「いえね、なんとか間に合わせられるのではないかと、工場が一丸になって頑張っていたんですよう。ですが、納入日の今朝になってやっぱり間に合わないことが分かったわけで……」

「な、なんて生産体制なんだ! 工程管理ができていないんじゃあないか?」

 痛いところを指摘された遅礼社長、今度は逆切れしはじめた。

「ちょ、ちょっと、なんですかそれは。ウチだって頑張ってるって言ったじゃないですか。言わないでおこうと思ったんですけど、なんなんですか、あれは。あの製品は」

「なんですかって何がだ? ウチが開発したものをバカにするのか?」

「だってそうじゃないですか。キンタマントなんてナメた名前」

「な、なにがナメた名前だっ! キンタマントは我が社の命運を背負った製品なんだぞ!」

「命運だかミンミンだかしらないが、キンタマントだなんて、もっとましな名前があるだろうが!」

「なにがだっ! 俺の名前の金田万吉からとった言い名前じゃないか。それにマント型のコートだぞ! キンタマントだ!」

「あんたの名前なぞよくつけたもんだ。キンタマントなんて嫌らしい名前、あんたそのもんじゃないか」

「よくもキンタマントをバカにしたな! キンタマントが、キンタマントが大ヒットしても、もうあんたのところでは作らないぞ! 他所で作って大儲けしてやる! キンタマントの仕事くれったって、もうそうはいかんぞ!」

「いらんわい! キンタマントなんて汚い仕事。 そんなもんお前のキ○玉にでも巻きつけておけ!」

「よくもおまえは俺のキンタマントを……キンタマントを……好き放題言いおって! 俺様のキンタマントのことをもうこれ以上……」

「これ以上なんだ? キンタトンマがどうしたって?」

「キンタトンマ? 何だそれはキンタマントだ、キンタトンマじゃないっ!」

「キンタトンマキンタトンマ、やーい!」

「やめろ! キンタトンマじゃない、キンタマントだ! 言いなおせ!!」

「キンタトンマ、キンタマトンナ!」

「違う!キンタマント!」

「キンタトンマ!」

「馬鹿っ! キンタマント!」

「キンタンマンやーい!」 

「もうっ! キンタ……」

 必死になって真剣に怒鳴り合っている二人ではあるが、なんだかなんだなのである。

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第四百一話_short レイアウト [literary(文学)]

  彼女は今日も洗面の鏡の前に貼りついて顔にいろんなものを塗ったくっている。これは彼女の日課のようなもので、代替毎日朝と夜と一時間ずつはそうしているのだ。

「まぁ、毎日飽きもせず……」

 一度言いかけたのだがじろっと睨まれて口を閉じたことがある。

「顔は一生モノだからね、お手入れは大事なんだよ」

 彼女からレクチャーされたことがある。洗顔は石鹸を顔にこすりつけたりしちゃあだめ。網にくるんだ石鹸を両手で丁寧に密度の高い泡をつくって、その泡を顔の皮膚の上に載せるようにしてやさしくマッサージするように洗う。ゆっくり洗ってからぬるま湯で今度もやさしくお湯を当てるようにして泡を流すの。タオルを顔にやさしく押しつけるようにして水分を取ったら、今度は化粧水をこれもやさしく乗せるように皮膚全体に広げる。よくさぁ、両手で顔をパンパン叩いて刺激を与える人がいるけれど、あんなことをしちゃあだめ。やさしくいたわるようにしなくちゃ。

「あなたもこれ、つけてみたら?」

 言われて一度試したことがある。それはかなり高価な化粧水らしかった。確かにいい匂いがして、顔につけるとなんだか心地はよかった。だが、あのにゅるっとした感じがしばらく残っていて、こんなことしなくてもいいやと思った。

「男の人はね、こういうお手入れをしないから歳を取ると余計に老けてしまうのよ」

 彼女はそういうが、それこそが男の年期の入った顔なんじゃあないのかなと思う。

 化粧水をつけたら、次は保湿液。結局皮膚の水分が少なくなるから肌は痛むし、しわが増えるの。常に水分たっぷりにしておかなくちゃあね。だから朝昼晩と保湿液をつけた方がいいの。最後にこれ。栄養クリーム。

 そう言って彼女は白っぽいクリームを顔中になすりつけた。あなたもと言われたが、そのべたべた感は化粧水のそれどころじゃないと思えたので遠慮した。

 女はそうしたさまざまなものを塗ったくった上にさらに日焼け止めクリームを塗り、ファンデーションを塗り、粉をはたいてそれからまた眉や唇を書き足していくのだ。こんな大変な作業を毎日よくやるものだと感心してしまう。

 女たちの努力には脱帽したいところだし、肌を包んでいる革を手入れすることが大切なことは理解できるけれども、ほんとうは美に関して言えばもっと肝心なことがあるように思うのだ。いくら革素材を綺麗にしたところで、目鼻の配置がおかしければもうどうしようもない。もちろん、デザインの良し悪しは主観的なものでひとによって評価が違うところではあるが、メイクで如何に書き足すかによってずいぶん違ってくると思う。 

 彼女は凄くきめ細かい性格で、肌の手入れに関してはとても丁寧なのだが、いざメイクとなると、どうもレイアウトはあまり上手ではないらしい。いっそデザイナーである僕が描いてあげようかと思ってしまうのだ。

「ねぇ、一度僕がメイクしてあげようか?」言うと、

「あなたねぇ、いくらデザイナーだからって、メイクなんかしたことないでしょ? そういうの勉強してからお願いするわ」

 彼女は言いながら振り返って福笑いみたいな顔を微笑ませた。 

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第四百話_short レンタル小説 [literary(文学)]

 貸本屋というものは昔からあったが、いまはCDやDVDのレンタル店が盛んになった。

 生活周りでも住まいや衣装、車のレンタルは普通にあって、高いお金を払わなくても必要なものを必要なときに必よな機関だけ借りるという合理的な使い方をする人も多い。そのほかの家財や生活道具などもレンタルできる店も生まれたようだが、どういうわけだかこちらがすこぶる奮っているという噂は聞かない。きっと毎日使う安価なものは買った方が安いということなのだろう。

 私はこうしたレンタルサービスに目をつけて新しい商売を考え出したのだが、そん所そこらにあるものを貸し出してもなかなか難しいだろうと考えて、誰もが考えつかないようなものをレンタルしようと考えた。それがいまやっている店だ。

 レンタル親父。

 そう、実は世の中の親父たちが情けないという世評を見て思いついたのだが、自分自身を商品にすることを思いついたのだ。元来役者っ気のある性分であり、世の中の人々が求めるさまざまな親父の姿に対応してレンタルされてやろう、きっとウケルに違いないと考えたのだが……。

 来ない。客が来ないのだ。時には頑固親父に、ときにはちょい悪親父、物分かりのいい父親だったり、なんでもご馳走してくれるパトロン親父だったり、きっとニーズがあると思ったのだが、さっぱり客が来ないままに半年が過ぎてしまった。

 商売にならないまま一日を過ごして、店じまいをした後はリサーチという名のもとに酒場で憂さを晴らす。そんな毎日を繰り返していたが、ある日、まんよくというか、千載一遇というか、ちょっとした美人とカウンター席で隣り合わせになり、首尾よくお近づきになることができた。

「へぇー! そうなんですかぁ! 面白そうなお仕事ですねぇ。なんだか私もお借りしてみたくなっちゃった」

 店の話をしても興味を持たれないかと思ったが、意外なことに目を輝かせて聞いてくれた。

「私だったらどんな親父さんをレンタルするかしら」

 自分を顧客に見立てた想像まで膨らませて話に乗ってくるではないか。

 まさか初対面で”お持ち帰り”ができるなんて考えてもいなかったのだが、その後もう一軒同伴し、「送っていくよ」という決まり文句で二人夜道を歩いた。

「あらぁ、私もう終電なくなりそう!」

 急に酔いがさめるようなことをいうので、「いいじゃぁないか、俺とこに泊まれば」

 俺だってまさか家に女を連れて帰るわけにはいかないが、昨今レンタルブームですぐに借りられる部屋を知っていた。ホテルよりも安くしかも自宅のようなしつらえなので、自分の住まいであると言っても疑われない。

「本当? いいの?」

 そうまで言ってついてきた癖に、間際になって「私、やっぱり帰ります」これもありがちなコースだ。

 俺は何十年ぶりにお持ち帰りができると家まで借りてしまったのにと内心腹を立てたが、「そうだよな、じゃぁ今日はお帰り、気をつけてね」と快く後ろ姿を見送ったものの、借りてしまったレンタルハウスで一人夜を過ごすのも嫌だなぁ、かといって妻を呼び出すわけにもいかないし……悩んだ挙句、この際だからと、噂に聞いていたビジネスを思い出して、これもリサーチのためと自分に言い訳しながら電話をかけた。

「あの、すみません。こんな時間でも手配いただけるんでしょうか?」

 幸い大丈夫だということでレンタルハウスで待つこと二十分で商品が現れた。

「ただいまぁ~レンタル妻の小枝子でーす」 

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第三百九十九話_short 携帯の小説 [literary(文学)]

 ほんの二十年前までは傘か懐炉かナイフくらいだった。名前に携帯がつくものは。

 ところが今では携帯といえば電話だし、それどころかラジオやテレビ、音楽も映画も、自転車から車まで、ほとんどの必要なものがポータブルになって携帯できる世の中になった。

「必要なものはなんでも持ち運ぶことができるのに、ひとつのところに縛られて留まっておくことに意味があるか?」

 ケイタの声がそう言った。

「確かに。そうかもしれないが……」

 俺は敢えて言うべきことではないのかも知れない気がして言葉を途切らせた。

 ケイタは俺の返事を待って沈黙していた。俺はポケットから煙草を取り出して安物のライターでゆっくりと火をつけてから言葉を続けた。

「しかしお前はとても大事なモノを携帯し忘れているんじゃないのか?」

「忘れている? いったいそれはなんだと言うのだ?」

 苛ついて問い返すケイタの声。

「まだわからないのか? お前はどこかに忘れてしまったんだよ、自分自身を」

 持ち主を失っていることに気づいたケイタの持ち物が音を立てて床に落ちた。

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第三百九十八話_short 分かれ道 [suspense(不安)]

 人生にはいくつもの分かれ道がある。

 いくつもの分岐点でいくつもの選択を繰り返し、その繰り返しで人生が積み上がっていくのだと思う。

 あの時こうしていれば……そう思うことは度々あるのだけれども、人生はやり直せない。 

 この前見た映画では、主人公が自分自身の過去に戻れるという設定で、失敗した! と思ったらその選択をした時点までタイムトラベルしてなんどもやり直していた。 だが、映画の中ではやり直したからといってよりよい結果になるとは限らなかった。むしろせっかく出会った彼女と出会わなかったことになっていた。似たような別の映画では、やり直す度に状況はひどくなっていくのだった。

 そう考えると、選んだ道が、そしてその選択を失敗だったとおもったとしても案外よい方の道を選んでいたのかもしれないということだ。

 大きな選択ではかなり悩む。悩んだ結果選んだ道に自身が持てなかったりする。一方小さな選択では割合軽くチョイスできて、その結果がどうあれさほど気にしなかったりする。だが、大きな選択だったか小さな選択だったかというのはあくまでも主観的なあるいは情緒的な問題で、ほんとうは違っているのかもしれない。つまり、大きなと思っていた方はどうでもよくて、小さなと思っていた方がとんでもなく重大な選択だったということもありえるではないか。

 さていま僕はほんの小さな選択を迫られている。

 晩飯を食べるのに、この先の突き当たりを右に曲がるか左に曲がるかという選択だ。右に曲がれば家に向かう方向で、いつもの店があるのはわかっている。 左に曲がれば家から遠ざかり、店も知らないという未知なる選択になる。

 さあ、どっちだ? そんなものどっちに向かおうがお前の勝手だろ? たいした選択じゃないし。飯くらいどっちに向かってもいいんじゃないか? そう言われそうだ。

 そうだよね。自分自身で納得しながら歩いていると、その分岐点にやってきた。ええい、今日は未知なる方向へ! ほとんどとっさに僕は角を左に折れた。そのとき、暴走トラックが左から突っ込んできたのだった。  

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第三百九十七話_short いまここ [science Fiction(空想)]

「いいですか、みなさんは過去にとらわれ過ぎているんじゃないですか?」

 壇上の男が言った。男は最近ネットや講演会で評判のいわゆるスピリチャル系の講師だ。守護霊だかハイヤーセルフだかなんだか高次元の自分と交信することによって悟りを開いてこの世のさまざまなことが見えるようになったと語る男だ。

「過去にとらわれているうちは幸せになんてなれません。 それに……」

 聴衆が見守る中、いったん言葉を切ってすぐに続けた。

「未来もだめです。いま頑張ったら素敵な未来がやってくるなんて言うのは全くの幻想です」

 聴衆の一人が思わず声を上げた。

「じゃぁ、どうすればいいんです?」

 漆黒斉は海上を見渡して言った。

「何度も言っていますが……”いまここ”です」

 男は目を閉じて続けた。

「過去でも未来でもなく、いまここ。いまここで自分は幸せであると感じ、信じること。その積み重ねこそが幸せな未来につながるんです」

 聴衆はみんな静かに”いまここ”という言葉を噛みしめていたが、すぐに先ほど声を上げた男が再び問いかけた。

「でも、黒斉さん、その、”いまここ”の”い”を言ったとたん、もういまじゃなくなって次のいまに進んでしまいます。私は”いまここ”に留まって幸せを感じることができません!」

 漆黒斉は一瞬なにを言っているのかわからないといった表情になったが、すぐに元の冷静な表情を取り戻して言った。

「なるほど、そうですか。あなた、それは詭弁というものです。あなたはそういうことを言って私が間違っているといいたいわけですね? わかりました。では、あなたが”いまここ”に留まっていられるようにしてあげましょう。その間にあなたは”いまここ”がどんな状態であるかを感じ取るのですよ」

 漆黒斉が両手を高く掲げて目を白黒させながら「ふんっむ!」と一言唸ると、あたりのに冷気が漲り、すべての時間が凍りついた。世界中が”いまここ”になった。 

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第三百九十六話_short ポスト消費税 [comedy(笑噺)]

 先の消費税率引上げの結果、国内の経済がまたしても低迷してしまったことを受けて、もっぱら消費税引上げは大失敗だと言う批判を浴びた政府は第二段階目の税率引上げ は断念せざるを得なくなっていた。

「うーん、うーん」

 頭を抱えているのは阿屁総理大臣だ。

「どうしたものだ。消費善が上げられないとなると、他のもので予算を確保せねば……なにかいい案はないのか」

 すると巣蛾官房長官が答えた。

「過去、世界にはさまざまな税金があったのですが……」

「それはどんな?」

 官房長官が言うには、古今東西世界中にはさまざまな税金が存在していて、たとえばたちんぼ税、げっぷ税、 カエル税、犬税、独身税、窓税、トイレ税、空気税……そこまで告げると首相が遮った。

「それらはいったいどんな……いや、聞くまでもないな、おおよそ想像がつく」

 巣蛾が言った。

「どうでしょう、独身税などは……」

 阿屁は引き続き頭を抱えながらも頷いた。

「独身者が増えている昨今、それはあるかもしれないが……相当の批判をうけるだろうなぁ……もっといいのはないのか? こう……もっと金のあるところからもらう、みたいな……?」

「アイドル税はいかがです?」

 巣蛾が言うと 、阿屁が顔を上げた。

「アイドル税・・・・・・か! それはいいかもしれない。他にも考えられるな……たてばお笑い芸人税とか、ヒップホップ税とか!」

「芸能人以外でもあるのでは? たとえば……長者番付税とか、IT長者税とか」

 阿屁はみるみる笑顔になった。

「そりゃぁいい! 他には?」

「流行作家税、秋元康税、ビルゲイツ税……」

「な、なんだそれは? 個人名が? しかも外人まで?」

「あ、いやこれはその……」

「しかし、そうなってくるとだなぁ、我々はどうなんだ?」

「そうですねぇ、やはり政治家税というのも入れとかないとですねえ……」

 二人はしばらく黙りこんでいたが、やがて阿屁がひとこと言ってまた頭を抱えた。

「やめときますか……」 

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