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第四百三十六話_short 最期の大晦日 [science Fiction(空想)]

 今年のクリスマスはいつになく賑やかだった。世の中がもうこれ以上は騒げないというほどはしゃぎまわった。度を越してしまう人間も多数出たために、荒れ果ててしまった街もでたという。

 その反動からかお祭り騒ぎの後はどこもかしこも街中がしんと静まり返った。

 それから年が暮れるまで一週間もなく、毎年新たな年に向けての準備で大忙しになるはずなのだが、今年はそういうものもなく、皆静かに家の中に籠って過ごしているのだろうか。

 そしていよいよ最後の日が訪れた。いつもの習慣でなんとか美味しい年越しそばにありつこうとする者もいるし、ほんとうならば年明けにいただくお節料理を前倒しして今日食べてしまおうと準備をした家庭もあったようだ。もちろんいつものように何もせずに大晦日を迎えた人も大勢いた。

「いよいよだな」

「いよいよですね」

「こんなに早く大晦日になるとはな」

「毎年そんな風に思うのですけど、今年はなおさらそんな気がします」 

 いつもの大晦日と変わらぬ会話がそこここで聞こえてくるのだが、ほんとうはいつもと同じ状況ではない。でも人々は同じようなことを言うしか仕方がないのだ。

 ただ違うのは「来年もどうぞよろしく」などというものは一人もいない。そんなことを言ったら笑われるか、下手をすれば泣き叫ばれてしまうか怒鳴られてしまうからだ。

 やがて最後の日の最後の時間が訪れる。人々は皆一様に空を眺める以外になすすべもなく立ちすくんでいる。

 よりによって今年のしかもこんな大晦日がその日になるなんて。

 空いっぱいに暗雲が立ち込め、彼方から訪れた巨大な岩の塊としか思えないような彗星がぐんぐん近づいてくる。 

                      了


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第四百三十五話_short 忘年薬 [comedy(笑噺)]

「さあ今夜は忘年会だ、みんな無礼講で楽しんでくれ」

 部長のいつもの宣誓を皮切りに毎年行われる年忘れ飲み会がはじまった。ところがいちばん端の席で一人暗い表情で不味そうにビールを飲んでいる男がいた。暗木だ。

「おや、暗木さん、どうしました? 今日は嫌なことなどすっかり忘れて飲みましょうや」

 すると暗木は泣き出しそうな顔で言った。 

「俺はもうだめだ。今年は嫌なことが多すぎて、とても忘れることなんてできない」

 弊社の産業医である俺は、こんなこともあろうかと持ち合わせていた飲み薬を鞄の中から取り出して暗木の手に渡した。

「暗木さん、これを飲んだら、一年間の嫌なことはすっかり忘れられますよ」

 暗木は怪訝な顔で俺を見たが、躊躇することもなくその薬を口に含んでビールで流し込んだ。

「ど、どうです? 効いて来たでしょう?」

 暗木の表情は相変わらずすぐれない。

「ええ、確かに今年のことはすっかり忘れることができたようです」

「じゃぁ、今夜は楽しく……」

「でも、ダメなんです」

「なにがダメなんです?」

「今年のことは忘れたが、前の年も一年間嫌なことばかりで……」 

                      了


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第四百三十四話_short 眼鏡 [literary(文学)]

 眼鏡について書いてみようと思うが、タダのつまらないエッセイになってしまうかもしれない。

 眼鏡というものは見えにくい者が見えるようになるという意味では便利な発明品なのだが、案外厄介なものだと私は思っている。なにしろ目が悪い私にとって眼鏡をかけないと者が見えないのだから。近眼なので、裸眼では離れた人の顔もわからない。だから眼鏡をかけるのだが、そうすると鼻の上にかなりの異物感を感じてとても不快感が募る。邪魔だなと思って眼鏡を外すと遠くが見えなくなってしまう。最近では近眼なのに老眼も加わって来たからなおさら厄介だ。近眼鏡と老眼鏡の二つを持っていちいちかけ替えなければならないのだから。

 だがまぁ、そんなことはいまさらな話ではある。目が悪い人間はみんなそうやって眼鏡をかけたり外したりして普通に過ごしているのだから。 

 しかしほんとうに厄介だと思うことはここから話すことだ。

 私は十歳くらいから眼鏡を使いはじめたのだが、それから数十年、自分の素顔というものをちゃんと見たことがない。素顔というのは眼鏡をかけていない顔ということだ。

 素顔のままで鏡に自分の顔を写すと、ぼんやりと輪郭が見える。もっとよく見ようと顔を近づけると見やすくはなるが、全体像はつかみにくくなる。そこで眼鏡をかける。そうするとはっきりと見えるがそこに写っているのは素顔ではない。

 眼鏡をかけると見えなくて、眼鏡を外すと見えにくくなるものなーんだ?

 まるで下手ななぞなぞのようではないか。

 とにかく、自分の顔をくっきり見るためには眼鏡が必要だという生活をずーっとしてきたので、眼鏡なしの顔を見ることができなかったのだ。

 大人になると同時にコンタクトレンズというものが一般的になってきても、しばらくは手を出せなかった。目に直接つけると言うのがなんとも恐ろしかったし、実際に目が痛くなるというような話も聞いたことがあったからだ。それにいまさら眼鏡を外すなんて、というなんだか意味もなく恥ずかしいような気持ちもあったような気がする。

 ところがどういう弾みだったかはわすれたが、ある時突然私は「そうだコンタクトに変えよう!」と思い立った。

 そう決めるとさっそく眼科を訪ね、試しにコンタクトを試した。それでも固いレンズを目に入れるというのは抵抗があったおで、その頃すでにかなり進化していたソフトレンズというものを入れてみた。

 なんの違和感もなく、なにより鏡の中に素顔の自分がくっきりと写っていることに驚いた。

 いや、驚いたのは素顔が見えるということ自体ではなくて、鏡に写った自分の素顔にだった。

 私はこんな顔してたんだ。十歳の頃に見て以来見たことのない私の素顔は、すっかり大人になってしまっていた。まるでタイムトラベルでもしたかのような感覚。

 正直、私は決して美形というわけではないけれども、鏡の中の素顔は結構イケているように思えた。

 漫画やドラマで定番的にあるストーリー。眼鏡をかけたブスな女の子が、眼鏡を外してみるとすっごい美人で、男たちの間で人気者になってしまうというアレだ。

 私は鏡の中にそんな自分を見た。

 もっときれいになりたい。もっときれいになれる。

 それまで恋の経験もほとんどなかった私は急に目覚めてしまった。これからは眼鏡のない人生がはじまる。私は違う自分になれる!

 眼鏡を必需品として顔に張り付けている間は邪魔に思えるものだった眼鏡は、実はおしゃれ小道具だったり、変装に使われたりもするアイテムだ。考えてみればおかしな話だが、コンタクトをつけた私は、それまで厄介者にしていた眼鏡を積極的に使うようにもなった。伊達眼鏡とか、サングラスとかをたくさん買い求めて、使い分けるようになったのだ。

 眼鏡がいらなくなったのに、眼鏡を買う。

 いらなくなったのにいるものなーんだ?

 やっぱりなぞなぞみたいだ。

 こうして素顔を再認識した私は化粧をするようになり、若い頃よりも若返った気分で暮らすようになった。もちろん、生活スタイルもすっかり変わってしまった。眼鏡はそれほどの意味をもっていたのだ。

 地味に暮らしていた一人の人間が、眼鏡をきっかけに美しく変身し、きらびやかな衣装で人前に姿をさらせるようになったという、いわばシンデレラストーリーのような収まり方をしたが、最後につけ加えるならば、眼鏡をかけていた頃の私はタダの中年のおじさんだったということだ。 

                      了

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第四百三十三話_short 秘密 [literary(文学)]

「そうですねぇ、あなたには誰かなんでも話せる人っていますか?」

 心理カウンセラーが訊ねた。

「なんでも話せる人……ですか?」

 僕は女性カウンセラーの言葉を繰り返した。

「そう、悩みとかそういうの。たとえば親御さんとかはどうですか?」

「ああ、母親にはなんでも話してましたよ」

「なるほど、それはいいことです。誰か一人でも悩みを打ち明けられる人がいるなら、心の重荷はずいぶんと軽くできるものですから。では、今回のこともお母様に?」

「あ、あの、母はもう亡くなってしまいましたから。父もそのずっと前に……」

 カウンセラーは少しがっかりした表情になってもう一度訊ねた。

「あらそうなんですか。ではご兄弟とかは?」

「兄がいますけど、兄も僕と同じで悩んでいて、お互いにそのことを話ししても何ともならないので」

 だからこうしてカウンセリングなんて面倒くさいところに来ているのに、この人は何を言ってるんだろう。ぼくは少しいらつきながら答えた。

「あの、ほんとうに大事なことなんですけど、自分の気持ちを誰かに聞いてもらうってことは、あなたにとって必要なことです。お兄様以外には誰かそういう人はいないんですか? たとえば奥様とか彼女とか?」

「僕は、独身です。それに彼女なんていません」

「では親友ならひとりぐらい・・・・・・・」

「いや、親友なんていません。こんな性格ですから」

「こんな性格って……あなたそんな自分のことを卑下しなくても」

「いや、だから卑下してるんじゃなくって、ほんとうにこの性格のせいでたぶん友達ができないんです」

「……そうですか……じゃぁ、親友じゃなくってもいいから、自分の秘密とかを話せる仲間とか……」

 僕はついに我慢できなくなった。

「あのね先生。自分の秘密を話せる相手って? 僕は誰にでも話せますよ、全部まるごとすべてなんだって。自分のことはもちろん、人のことだって!」

 カウンセラーは豹変した僕の口調に驚いて目を剥いている。

「僕はなんだって人に話してしまうんです。恥ずかしいことも、辛いことも、腹立つことも、人のことも、人の秘密も。なんならあなたにも話しましょうか? 聞いてくださいよ僕の秘密を。それに僕の職場の嫌らしい人たちのことを。この部屋を出たら僕はあなたのことなんかもあることないこと誰構わず道行く人に話すと思いますよ」

 カウンセラーは驚いて言葉も出ない。

「こんな性格だから友達もできないし、みんな僕を遠ざけるんです。誰だって僕に秘密を知られたくないもんだから。ね、それでここに相談に来たんですよ、わかります? 僕は誰にでもなんでもしゃべってしまうビョーキなんです!」 

                      了

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第四百三十二話_short パフォーマンス [comedy(笑噺)]

 アルゼンチンの作曲家、マウリシオ・カーゲル(Mauricio Kagel、1931年- 2008年)の楽曲「ティンパ二協奏曲」がネット上で話題になっている。オーケストラ演奏のラストでティンパ二が盛り上げ、最後の一音で打楽器奏者が頭からティンパ二の中にのめり込んでしまう。

 

 まるでコントなのだけれども、この作曲家はほかにも指揮者が途中で倒れてしまう、全編ベートーヴェンの楽曲で構成されているなど、ユニークな曲ばかりを作った。ピアノの前に座ってまったく音を出さない「無音」という楽曲もあるうらいだから、現代アートとしてはなんでもアリなのだが……。

 この作曲家にインスパイアされた音楽家がいた。

 円尻カゲルは、モダンミュージックを目指していた。アートというかパフォーマンスに近い音楽を作りたかったのだ。カーゲルの作品に大きく影響を受け、全編レディ・ガガの曲で綴った交響曲も作ったが、ただのパクリもしくはカヴァーじゃないかと揶揄された。お化けの格好をしてゴーストライターもやってみたが、取引相手の佐村鬼河原守が嘘つきだったので頓挫した。そこでいまは派手で面白いパフォーマンス楽曲を地道に作っている最中だ。その一部を披露してみると……

 チャイコフスキーも「序曲1812」で大砲を鳴らしたのだが、カゲルは「序曲20010911」の譜面 では、オーケストラの真ん中に一対の塔をしつらえ、クライマックスで飛行機の模型を飛びこませて破壊するように指示が書き込まれている。

 交響詩「仁義」では、楽曲の中盤で着流し姿の男たちが拳銃や刀を持って楽員に襲いかかるとなっている。

 幻想曲「河童場所」では、クライマックスでマジシャンが現れてオーケストラを丸ごと消してしまうし、小品「アベノ混ぜ」ではソリストに安倍首相を迎えて全編演説が続く背景でオーケストラが演奏するように指示されている。 

 そんなユニークな楽曲の中でもこれは演奏不可能だろうと囁かれているのが、『来訪」という交響曲だ。厳かな序奏にはじまり、電子音や映画「未知との遭遇」のモチーフを絡めながらエンディングに向かっていくのだが、中盤では矢追純一と大槻教授が登場して激論を交わし、クライマックスではオーケストラの真ん中に台座がせり上がってきてUFOを召喚するというのだ。この演奏はUFOが来訪するまで終わることができない。だから演奏不可能なのだ。

 これらの楽曲はとある場所で密かに公表され一部が披露されたが、聴衆はほとんど来場せず、未だ話題にも上っていない。我々が耳や目にするためには彼が自ら演奏してユーチューブ等にアップするのを待つしかないようだ。 

                      了

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第四百三十一話_short Xデイ [literary(文学)]

 クリスマスが終わってしまったのに気づかなかった。いままでそんなことは決してなかったのに。

 毎年年の瀬になると世間は華やいで、クリスマス時期をピークに盛り上がっているのを私は毎年冷やかな目で眺めていた。子供が小さかった頃には私だってクリスマスのお祝いのようなことをやっていた時期はある。それは子供たちには世間並みの幸せを感じさせてあげたいと思っていたからだ。そして、そういうことこそが幸せがカタチになったものだと信じていたからだ。

 だが、子供が一人立ちし、夫婦だけの生活になると途端にクリスマスのようなイベントも意味を失い、私たち夫婦は世間が騒げば騒ぐほど寂しさを感じる年の瀬を過ごすようになっていった。

 そもそもクリスマスなど古来の日本にはなかったし、クリスチャンでもないのにキリストの生誕を祝うなどというのは馬鹿げている。以前からそういう風には思っていた。だが、そんな屁理屈はともかく、楽しい催事だと思えばいいじゃないかと自分をだまし続けて来たのだ。

 だが私は気づいてしまった。

 デフレを伴う不景気が続き、アベノなんとかというまやかしのような言葉で景気が回復するとは思えない状況の中で仕事を失い、妻も病に冒されて逝ってしまったいま、私は世の中に蔓延するまやかしや悪事を世間に告発し、ほんとうに幸せな未来へと導かなければならないと気づいたのだ。

 そのための第一歩を踏み出す日、XデイはXマスから一週間後。その日のために準備を重ねてきたのに、昨日Xマスが終わって既に秒読みが開始されていることに気づかなかったとは!

 いや、そんなことはどうでもいい。Xマスなど! 私にとって重要なのはXデイだ。大晦日のその日、私はあの繁華街のあの場所で、世間をあっと言わせるのだ。Xデイまであと僅か。世間のあほども、見ていろ。

 世間への恨みつらみと幸せへの想いはどんどん膨らんで、衣装も小道具も用意できているのだが……しかし、肝心の中身、つまりその衣装を着て何を言い何をするのかがまだひとつとして考えつかない。Xデイまでに間に合うのだろうか? 私は少しだけ不安になってきた。  

                      了


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第四百三十話_short ぢどり棒 [literary(文学)]

 なんだか知らないが、世間では「ぢどり棒」というものが流行っているという。

「ぢどり? 棒?」

 私は宮崎の地鶏を長い棒を持って追いかけまわしている農家のおじさんを思い浮かべた。

「違う違う、そんなんじゃない。伸び縮みする棒の先にスマホを取り付けるんだ」

「ええーっ? 棒の先にスマホを? それじゃぁどうやって耳に当てるんだ? そんなことして通話をするのか?」

「そうじゃなくって、写真を撮るんだよ」

 スマホというものはもともと携帯電話のはずなんだけれども、そういえば最近はカメラとして使っている姿を見かけることが多くなった。なるほど、棒の先にカメラをつけて? 自分を撮影する? へぇぇー?! で、自分を撮ってどうするの?

「さぁー。女子ってさ、自分を可愛く撮ってさ、ブログにのっけて楽しんでるんじゃない?」

 そういえば、写真を撮るアングルやポーズによって人の顔はずいぶん印象が変わるという話を聞いたことがある。しかしそんなことをするための棒があるなんて。それが馬鹿みたいに売れてるって……もっと早く気がつけばよかった……金儲けができたかもしれないのに。

 話を聞けば聞くほど、私もそのぢどり棒というものが欲しくなった。簿の先にスマホを取り付けて自分撮りをしてみたい。

「で、その棒はどこで手に入るの?」

 教えてくれている友人もまだ手に入れるまでは至っていないらしく、はっきりしない。 

 宮崎? それとも名古屋コーチン? あ、もしかして尾長鳥の高知なのかな?  棒の先に留っている鶏がスマホをくわえている姿を思い浮かべながら友人に訊ねた。

                      了

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第四百二十九話_short 病の自覚 [literary(文学)]

 近年、複雑になっていく世の中の仕組みのせいか、鬱病を訴える人が増えているそうだ。やる気が出ないとか、すぐにくよくよして泣いてしまうとか、死んでしまいたいと思うとか、自分自身で鬱っぽい症状を感じて病院に駆け込むのだが、たいていは思い込みの世界らしい。ほんとうの鬱病患者は決して自分で鬱病だとは思っていないし、自分から病院に駆け込んだりはしないそうだ。

 鬱病に限らず、他の精神病でも昔から同じようなことが言われていた。精神病にとり憑かれた人間は自ら自分がくるっているとは言わない。

「俺は正気だ! 狂ってなんかいない!」 

 逆に正気であるからこそ、「もしかして自分はおかしいんじゃないだろうか?」と疑ってしまうと言うわけだ。

 昨日もドキュメント番組で統合失調症の人物が登場していた。仕事もせず部屋に引きこもったままで、もう半年くらい風呂にも入ってないという。一年中同じパジャマを着たままで万年床で過ごしている四十代のその男からは異臭が漂い、一緒に暮らしている兄弟が困って当局に相談に来たことから番組に取り上げられることになったようだ。

「あなたそんなにやせ細って、死んでしまいますよ」

 インタビュアーが言うと

「あなたどなたです? なんなのですか? 僕は元気ですよ」

「いやいや、あなたたは病気です。一年前まで入院してたんでしょう?」

「もう退院して大丈夫って言われて家に帰って来たんだ。余計な心配はしないでください」

 聞いている限りはまったく普通の受け答えをしているし、風呂に入っていない以外はただの引き籠りの中年だ。俺は宇宙人ダとか、ナポレオンの生まれ変わりだとか、そんな変わったことは言わないし、お前なんか殺してやるーっ! と言って包丁を振り回すこともない。異臭さえしなければ隣に座っていてもわからないだろう。しかし彼はインタビュアーに説得されて精神病院に再入院した。

 こんな風に目に見えない病……たとえば統合失調症(昔は精神分裂病などと呼ばれていた)は自分はおろか他者にさえわからないものだ。それなのに、鬱病の人間は自己アピールするのはどうしてだろう。

 生活に疲れた者どもが、自ら病気になりたがっているのかもしれない。きっとそうだ。病菌になれば仕事も休めるし、家族からも労わってもらえる。みんなが心配してくれる。しかし思い病は嫌だ。精神病だなんて思われたくない。そうだ、鬱病だ。鬱病程度ならいまどき誰でもかかるっていうし、俺は鬱病ダ、鬱病に違いない。

 こんな感じに違いないのだ。

 でも俺は違う。鬱病なんかじゃない。もちろん精神病でもない。正気さ。この世の誰よりも正気にきまってるじゃないか。俺が病気だっていうのなら、世の中のすべての人間がくるっているってことだ。そうだろう? 世界を恐がらせているテロリストだって、何人もの人間をだまして殺した女容疑者だって、世間を欺いて公金を使い込んだ政治家だって、みんな正気じゃないだろう。正気奈良あんなことができるわけがない。

 それをみんなにわからせてやりたいから俺はいまここにいるんだ。なぁ、わかるだろう?

「降りて来なさーい。そんなところにいると危ないですよー!」

 誰かが下で叫んでいるが、知らない人だ。ほっておこう。そんなことより……俺は携帯電話に向かってしゃべり続けた。電話の向こうで誰が聞いているのかは忘れてしまったが。

「そこから降りて、病院に戻りましょう! わかりますかぁ?」

 あの人はまだ叫んでいるが、誰に向かって叫んでいるのだろう? 世の中はおかしな人間ばかりだ、な、あんたもそう思うだろう? 

                      了

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第四百二十八話_short ただ一人の観衆 [literary(文学)]

 三年ほど前に知り合った女優さんが主宰している芝居に招待された。こういうことでもなければ芝居に足を運ぶことはないので、いい機会だからと夫婦二人して見物させていただくことにした。

 百五十人ほどを収容するホールはほぼ満席で、私たちが着席すると間もなく芝居がはじまった。

「虹の彼方は夢語りて」というタイトルの演目はオリジナルということで、なんだか面白そうだと思ったのだが、シンプルな舞台装置ではじまった前半の三十分くらいは、正直、冗長な感じがして眠気と闘っていた。中盤になってドタバタが入り、後半いよいよすべての謎が明らかになると、神々による人類創生の壮大な設定であったことが判明し、なるほどそういうことだったのねと納得もいき、少し退屈だった評価はなかなか面白いではないかというものに変わっていった。

 大円団の後に照明が落とされ、私たち観衆は三々午後夕刻の街へと散っていった。

「何か食べようか」

 遅い朝食を食べたっきりの私たちはかなりお腹が減っており、夕食にはまだ少し早い時刻ではあったが飲食店を求めて繁華街に向かった。

 数年前から若者を集めている界隈の、いつもは満席で入れない店に空席を見つけ、首尾よく安くて美味いシーフードにありつくことができた。決して高級ではないワインもまずまずの味わいで満足した。カウンターだけの店にはまだ客は少なく、私たちの右側の隅に若い男性が一人ひっそりと飲んでいるだけ。カウンターの中に現れるサービス係が時折なにかあまり重要ではない一通りの台詞を話しかけてきた。

「今日はなにかの帰りなんですか?」

「へぇ、お芝居を。よかったですか?]

 こんな感じの世間話だ。重要ではない会話は退屈だ。会話の中になにかこれからの人生に示唆を与える意味があると言うのならもう少し真剣に言葉を味わうべきなのだろうが、こういうシーンは単に後の展開に進む前のつなぎにしか過ぎない。だから退屈なのだ。なんならはしょってもいいような内容だ。

 ということで、私たちは食事のシーンを一気にはしょって店を出た。外はもうすっかり暗くなっていたが、繁華街に続くショッピングアーケードが店を閉めるまでにはまだ少し時間が残っていた。国内でも有数の長さを誇るアーケードはアジアの観光客であふれていて、いったいここはどこの国かと思わせるほどだった。飛び交うグローバルな言葉の間をすり抜けるようにして私たちはアーケードを進み、気になるウインドを見つけた場合のみ、その店を冷やかした。

 退屈な日常の狭間に現れたこうした時間は少しだけ退屈さをしのがせてはくれるが、さほど意味があるとは思えない。いつまでこの退屈なシーンが繰り返されるのだろう。そう思いながらも先を急ぐ。急ぐ実用はとりたててないのだけれども、一歩先にいけば新たな展開が待っているのではないかと期待するから急ぐのだ。

 しかし行けども行けどもたいしたことには出会わず、単に時間と金を消費するばかりで、やがて決まり切った家路をたどった。今日もまた退屈な前半戦のままで公判へ続く盛り上がりもなく終わってしまうようだ。 

 最後の登場人物は私と妻のみ。観客は登場人物である私であり、妻だ。妻は妻の、私は私の物語を見ているのだから、正味の観客はそれぞれ一人っきりということになる。ベッドの中で目を瞑るとようやく本日の緞帳が下りて芝居は中休みとなる。もちろん、観衆の拍手などない。明日はこの退屈な物語に大きなうねりが加わるのだろうか。

                      了


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第四百二十七話_short 沈黙の理由 [literary(文学)]

 朝からオフィス内は異様に静かだ。みんな口を閉ざして黙々とデスクワークに取り組んでいるし、無駄口を叩く雰囲気ではまったくないので、私も何一つ喋らずに仕事に就いている。

 いつもこんなに静かだったのかなと訝りながらその理由を思いめぐらす。 

 もしかして、昨日の件で空気を悪くしてしまったのかな? 昨日、私の机の上に誰かの書類が置き去りにされていたので、「誰がこんなに散らかしたままにしてるんだ?」と犯人探しをしてしまったのだ。他の部署から来た誰かが置いていったに違いないところまでは推測できたが、 結局誰の仕業かはわからなかった。

 でも、そんなことでみんながここまで口を閉ざしてしまうのだろうか? 

 いやいや、あの件かもしれない。後輩が作った資料に余りにも多すぎるミスを見つけた私は、 彼をきつくしかり飛ばしてしまったのだ。普通なら注意をして修正させれば済む話なのに、「だいたい君はいつも注意が散漫なんだよ」と人格否定しかねないことまで言ってしまった。実はお昼前のことで、私自身空腹で虫の居所が少し悪かったからそこまで言ってしまっただけなのだが。後で彼を宥めはしたものの、かなり傷ついた様子だった。

 静かなオフィスというものはある意味では快適に仕事ができるし悪くはないと思うのだけれども、ここまで静かだとなんだか薄気味悪くも思ってしまう。

 謝ったほうがいいのかな? 謝るって何を? 昨日はつまらない詮索してすまん。空気を悪くしてしまったようだってか? それはもう済んだことだしな。彼に何かを言う? 今日はミスなく順調に進んでいるか? ……いやいや、こんなのは藪蛇だ。ではどうすれば?

 私は気になって気になって、ついに隣席の同僚に小声で訊ねた。

「なぁ、今日はなんだってこんなに静かなんだ? 私が何か余計なことをいったからか?」

 すると同僚は怪訝な顔で答えた。

「静かだって? いつもどおりじゃないか。なにを寝ぼけたことをいってるんだい? 音響テスト部の俺たちはみんなヘッドフォンをつけて仕事してるんだぞ。騒がしくなるはずがない。昨夜は飲み過ぎたのか?」

 向かいの別の同僚が囁き声で話している私たちを睨んで言った。

「しぃーっ。静かに!」 

                      了


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