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第四百九十五話_short むのうのひと [literary(文学)]

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「むのう」
 その言葉を聞いて昔見た映画のタイトルを思い出した。売れない漫画家が生活に困って河原で拾った石を売ろうとする不思議な話だった。
「え? 無能の人」
 そう言うと、CTIで撮影した画像を指して医師が言った。
「このあたり全部、白くなっている部分は空洞だということなんですが……おかしいですねぇ、本来脳が詰まっているはずなのに?」

「え? どういうことですか?」
「つまり、あなたの頭の中には脳がないっていうことなんですよ」
「脳がないって……僕は、無脳の人?」
「あなた、どこで考えているんです?」
                      了

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第四百九十四話_short トラウマ [literary(文学)]

  十年ぶりに再会した息子が自分のトラウマの話をした。

 四歳の頃、キレやすい性格で、一緒に遊んでいた実兄に腹を立てた記憶があって、あまりにも頭にきて台所から包丁を取り出して「殺してやる」と叫びながら切りつけたというのだ。

 その話を母親と兄に言うと「そんな記憶はない」と否定されたそうだ。それでも本人は確かにそのことを記憶していて、包丁があった場所までしっかりと覚えているという。

「あの、僕の行動がきっかけになってウチが崩壊したんだと思う」

 息子はそういうのだが、私自身もそんな記憶はない。

 自分の子供が包丁を持って暴れたなんて事件があったとすれば、それは親にとってもすざまし記憶として頭に刻み付けられているはずだ。それに息子がキレやすかったという覚えもないし、第一四歳の幼児が包丁を持ち出して「殺してやる」なんていうものだろうか。

 いまの息子は至って温厚な青年に見えるが、幼い頃に父である私と別れ別れになってしまったことが何かしらの影響を与えていることはあるのかもしれない。

「僕ははっきり覚えてる」

「そんなはずはないないと思うよ」

「たとえ家庭の事情があったとしても、息子のお前がそんなことをしたのなら、私は必ず覚えているはずだ。思い違いだと思うぞ、山下家にはそのような出来事はなかった。な、太郎」

「……? 山下家って……どこ?」

「どこって……ウチじゃないか」

「それに太郎ってだれ? 俺は健一だよ、お父さん?」

                      了

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第四百九十三話_short ミクロの世界 [science Fiction(空想)]

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 光学技術の飛躍的な進歩によって、これまで見えなかったミクロの世界が見えるようになった。

 超光学顕微鏡がとらえた世界が目の前のモニターに映し出されている。これまではアメーバ状にしか見えなかった細菌の映像がさらにクローズアップされていくと、まるで成層圏外から地球を見ているかのような映像に変わった。これまでアメーバのように見えていたのは、この超微粒子世界を覆っている雲に過ぎなかった。その下には全く異なる世界が存在していて、さらにクローズアップしていくと、そこには人型生命体がうごめく世界が現れた。

「教授、なんですかこれは?」

 助手の驚きに満ちた声に教授が答えた。

「これが本当のウィルスの世界なんだよ」

「なんか人型の生き物がうろうろしていますね」

「そうだ。彼らもまた我々と同じように社会生活を送っているのだよ」

「あっ、なんか一箇所に集まってますよ!」

「ふん、バーゲンでもやっとるんだろうな。そういうとこに集まりよる」

「あっ、今度は多勢がなんか乗り物に乗って動いてやがる!」

「ほう、今日は休日らしいな。みんな行楽に出かけとるのじゃな」

「へえ、行楽ですか……人間みたいですね」

「あれ? 今度はあっちこちで炎が上がってます!」

「またか。奴ら、また戦争をはじめやがったな。困ったもんだ。ミクロの世界でドンパチやられると、汚染物質が生まれて、我々にも悪影響を与えよる。つまりこれが病原になるのじゃな」

「ははーん、そういうことですか。じゃぁ、同じように我々の争いも上の世界に悪影響を?」

「そうじゃな。わしらはその上の世界を知らんからわからんが、そういうこともあるじゃろうな」

 ミクロの世界への眺望は、まったく正反対なマクロの世界への想像力も広げてくれるのだった。

                      了


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第四百九十二話_short 戦利品 [idea (着想)]

 動物って、食べることをとても楽しみにしているんだって。だから躾や訓練のときに餌を使うと上手くいく。うちのペットなんて餌の準備をはじめるやいなや足元にじゃれついてきて、まだかまだかと催促し、器を食事の場所に持っていくその間もうれしそうについてくる。

 我々だって生き物である限りは同じだ。日中の仕事の間は真剣な表情でカリカリしながら作業を進めている。

「おいっ! 気をつけろっ。油断してると逆にやられてしまうぞ!」

「何言ってるんだ、そんなことは百も承知だ! そっちこそ気をつけろよ、奴らは俺たちと同じくらいに賢いってことを忘れるな!」

 こんな風に喧嘩腰になるほど必死で仕事をしていると、ときにはとても険悪なムードになったりもする。

 それでも手に入れた獲物を集めて仕事終りの宴会になるとみんなに笑顔が戻ってとても幸せなひとときに一変する。

 コンロに火を入れてフライパンに油を注ぐ。熱したフライパンの中に本日の獲物……奴らの巣から奪い取って来た子や親をそのまま放りこむと間もなく香ばしい香りに包まれる。奴らは素揚げでも美味い。

 この食事の愉しみのために、俺たちはあの危険な仕事を請け負っているようなものだ。 

 俺たちの仕事? 人間狩りさ……

 うそうそ。スズメバチバスターだ。 

                      了

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第四百九十一話_short デマは悪夢のように [science Fiction(空想)]

 次の選挙では民事党が圧勝!

 遂に日本国内にテロ予告が!

 ガッツ一物がアイドルと熱愛!

 マッツミングローブ、実は女だった。

 来月四日、一瞬地上から重力が消えるとNASAが発表!

 俺は知ったばかりの世界のニュースをこれ見よがしに次々と喋った。学食の中は混雑していて騒がしいためか、祐二はちゃんと聞いていないようだ。百六十円の素うどんをすすりながら適当に頷いているだけだ。

「なぁなぁ、凄くない? NASAの話なんかさ、地上の重力が消えたときにジャンプすると凄いことになるってよ」

 うどんを食い終わった祐二はようやく顔を上げて俺を見て言った。

「そんなの全部デマだよ。どっから手に入れた話だ?」

「どっからって……スマホのSNSで」

「そうだろうよ。そんなの全部嘘なんだよ」

 祐二が言うには、人間はみんな面白い話が好きだから、あることないこと言いふらす生き物で、昔はラジオや町の噂がそう言うのを広げていたけれども、最近ではネットでますます広がるようになったんだと。

「なあるほど、そうかぁ。いかにも嘘っぽいのもあるけど、本当みたいのもあるよな、テロの話とか」

「そうなんだなぁ、そこんとこがますます嘘を本当らしくしてるんだよな」

 実十年ほど前には女子高生の噂話が親から主婦に、主婦から町に広がって信用金庫で摂り付け騒ぎがあったというし、宇宙人の映画なんかは実際にあった事実を隠ぺいするために作られたとかいう話もあるし。まったくなにが本当やら嘘やらわからないなと思う。

 ピコン。

 スマホがまた新しい情報を知らせて来た。

 巨大隕石が急接近。実は欧米諸国の一部富裕層だけがすでに宇宙船ノアに乗り込んでいることが判明!

「祐二、またこんなの来た」

「ほっとけ、それは余り面白くないデマだ」

 俺たちはその後別れてそれぞれのバイト先に向かった。

 翌日。飛来した隕石が地上のすべての生命をせん滅させた。 

                      了

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第四百九十話_short 騙されてワークサイド [literary(文学)]

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「ああ、部長が言うことは話半分で聞いておいた方がいいよ。あの人大風呂敷だから」

 新しく配属された部署の上司である川本課長が言った。

 川本さんは仕事ができる人なのでいろいろ教えてもらえばいい、前の上司にそう言われていたので、早速いいことを教えてもらったなと記憶にメモしておいた。

 それからも川本課長と一緒に仕事の打合せをしているときやランチで会話を交わす度にいろいろと社内の人間関係等について教えられた。

「濱野女史には気をつけた方がいい。あの人はちょっとおかしいからなぁ……そうだな、クレーマーっていうか自分が気に入らないことは全部クレームをつけてくるからな」

「砂原君はいいやつだけどめんどくさい奴だ。だからあまり近寄らない方がいいぜ」

「松田はおかしいよな。絶対に自分から何かをしようとしないんだよ、何でも人に押し付けてね」

 新しい部署の人間関係はよくわからないだけに、他の人の癖や性格を教えてもらうと今後仕事をしていく上でとても役に立つ。

「部長はさ、仕事もできない癖にしょうもないことを押しつけてくるからねえ、困ったもんだ」

「本社のやつら、何にもわかってない癖にこっちの言い分を否定してくるから困る」 

 そう言われ続けると、次第に私も部長のことが嫌いになってくるし、本社の人間たちが憎く思えてくる。だから川本課長と一緒になって部長や本社の悪口を口にするようになった。

 しかし、そのうちふと疑問に思うことがあった。部長はほんとうに仕事ができなくってつまらないことを押しつけてくる人には思えないのだ。それに本社の人間だって。だが、既に私には彼らを疎んじる気持ちが根付いてしまっているので、やはり川本さんの言う通りなんだろうと信じ込んでいた。

「本当に部長ときたら!」

 憎々しげに言う川本課長を見て何度か違和感を感じたことはある。

 この人、単に部長が嫌いなだけじゃあないのかしらん。もしかして自分の思い通りにならない相手はすべて嫌いなんじゃあないかしらん。だが、そんなはずはない。川本さんは正しいはずだ。私の上司なんだから。

「そうですよねえ、あの部長、ほんとうに困ったものですねえ」

 私は川本課長の言葉に相槌を打ち、さらに賛同の言葉を加えた。 

                      了


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第四百八十九話_short 不思議なエンジェルナンバー [literary(文学)]

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 街を歩いていてビルの電光掲示板にふと目がいく。デジタル時計が「111」と表示されている。「あ」と思って今度は道路に目を移すと通り過ぎた車ナンバープレートが「111」。しばらくしてコンビニで買い物して受け取ったレシートの通しナンバーが「111」。

 こんなことは滅多にないけれども、有り得ないとはいえないよね。実際、三つも重なるようなことはないにしても、偶然ぞろ目の数字が目に入ると、なんだか不思議なような得したような気持ちになるのは私だけではないと思う。

 とりわけその数字が自分にとってなにか特別な意味がある数字であればなおさら大きな意味を感じる。たとえば好きな数字であったり、出席番号であったり。

 世の中にはこういう数字を「エンジェルナンバー」と呼んでいる人がいる。実際にエンジェル=天使が存在しているかどうかは別として、なにかしら常識を越えた存在からのメッセージであるというのだ。宇宙からのメッセージかもしれないし、神からの啓示かもしれない。あるいは未来の自分からの大切な忠告かもしれない。

 そんな風に言われると、そのような気がしてくるから不思議でしょ? そのような気がしてくるということは、その話はあながちでたらめではない身体とは思いませんか? そう、エンジェルメッセージはほんとうに別世界からの大切なメッセージなのです。 

 たとえば「111」は、思った通りに物事が進んでいく。「222」は今歩いている道が間違いないことを示唆している。「333」はあなたが大いなる存在によって守られていることを意味しています。「444」は天使の数字で、あなたは天使と共にいて祝福されているといいます。

 こんな風にすべての数字には意味があって、とりわけ三ケタのぞろ目には大きな意味があるのです。

 さぁ、あなた。ここにあるのはこの大いなるエンジェルナンバーを見つけやすくなる「エンジェルグラス」です。今なら一個たったの三千円。エンジェルグラスを手に入れませんか? さぁ今すぐ。 

 ……という商売をはじめてみようかと思うんだけど、どうだろう? あ! 今回はぞろ目の二月二十二日です。 

                      了


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第四百八十八話_short ダークの旅 [literary(文学)]

 

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 テレビ局で働くことを夢見て番組制作会社に入社して十数年が過ぎた。しかし、番組制作会社の仕事は想像していたよりもはるかに過酷で、しかも担当する番組によってはかなり低俗な上に過酷さも数倍だったりして、僕は次第にどうしてこんな仕事を選んでしまったのかと思うようになっていた。だいたい人間はなんで働かなきゃ食っていけないんだ。俺は何のために生まれて来たんだ。仕事が嫌になればなるほど、考えはとんでもなく飛躍していく。

 毎日仕事に向かうのが億劫で、もう辞めてしまいたいと思っていた矢先に、上司から新しい番組のロケ担当を命じられた。

 それは出演タレントが無作為に決めた地方へ行って現地の人々を取材するというコーナーなのだが、なんでいまさらそんなドさ周りみたいな仕事をしなきゃあならないのだといっそう気分が重くなったままとある東北の村に出かけていった。

 ロケバスから田園の真ん中に降りたって見たこともないような田舎の畦道を子供たちが走ってきて叫ぶ。

「あ! ダークだ! ダークの旅でしょ?」

「撮って摂って! 映して映して!」

「面白いことせんにゃ流してもらえんよ」

 なんとも元気な子供たちがカメラの前をうろうろして仕事の邪魔をする。 

 えらく腰の曲がった老婆が畑をさわっているのを見つけてカメラを向けると、老婆が作業を止めて腰を上げた。

「なんにゃぁ? こんただとこへ何しにきたど?」

 俺は答える。「ええ、ちょっと撮影させてもらいに」

「あんりゃ、ごれ、テレビさ映るんげ?」

「え、ええ」

「そんりゃぁいがん。はずがしぃ~」

 老婆は手で顔を隠しながらもうれしそうだ。 

「あんだのそのズボンはえらぁ破けとるがなんだべな?」

「ああ、これはその、こういう……」

「そんなじゃからこん国は滅びるぞ、ちゃんとせんか」

 田舎の老婆の意外な言葉にどう答えていいやらわからない。

「あんだなんだべ、そっだ暗い顔じて。いがんど、それは。どだ、これ食うべ?」

 老婆は傍らに置いてあったカゴから果実のようなものを取り出して差し出してきた。 

「な、なんですか、それ?」

「ごのあだりの名産だ。食え。元気さ出るべ」  

 なんだか怪しげな実を手に持って口に入れるかどうかためらっていた。

「早よ、食え。イグルの実じゃぁ」

「いぐるの実?」

「そうじゃぁ、イグルっちゅう木の実じゃ」

 恐る恐る口に入れてみると、少し苦みが効いていてそれでいて酸っぱさがあって、最後に甘みがやってきて、少し幸せな気分になった。

「人間、いらんごど考ええでええ。精一杯生きることじゃで。こん実はそういうこと教えでくでるでな。

 俺は恐るべき木の実の名前を反芻した。イグルの実。いぐるの実。生くるの実……生くるのみ。そういうことか。 

                      了


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第四百八十七話_short マスクの理由 [horror(戦慄)]

 今年はインフルエンザが大流行してマスクをかけている人を多く見かけた。マスクはインフルエンザにかからないようにするためではなく、インフルエンザにかかった人間が、咳やくしゃみで唾液を飛ばして菌をまきちらさないようにするために必要なものであるという話を聞いたことがあるのだが、果たして皆がそのように理解して使っているのかどうかは怪しいものだ。

 二月に入ってぼつぼつとマスク着用の姿が減ってきているという時になって、同僚の阿隈君がマスクをつけて出勤してきた。しかも白ではなく黒っぽいマスクで真ん中に十字のマークがついている。最近はそんなデザインのマスクもあるようだ。

 彼は明るく快活なキャラクターなのに、心なしかマスクの下は辛そうに見えた。

「あら? 今になってインフルエンザ?」

 通りがかりに訊ねると阿隈君が振り返って言った。

「うーん……インフルエンザじゃないんだけど……」

「うん? じゃぁ、予防とか?」

「そうだね、最近ちょっとエライものを背負い込んでしまって……実は僕の中に棲みついた悪魔をまきちらさないようにしてるんだよ」 

                      了

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第四百八十六話_short アフターファイブ [science Fiction(空想)]

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 世間並の「遊び」とはほど遠い生活を続けてきた。朝定時に家を出て会社、仕事が終われば真っ直ぐに帰宅して家族と食事を摂り、風呂に入って眠る。人にいわせれば安定した豊かな生活を送っているということになるようだが、私自身は人よりもどうとか考えたこともなかった。若い頃からかわり映えのしない人生を生き続けて来ただけだ。「判でついたような」とかいう慣用句もあるが、私自身はそれを嫌だとか思ったこともない。

 しかしあるときみんなはどうしているのだろう? という素朴な疑問を持つようになった。

 私と同様に定刻になると会社を出る者もいれば、私よりずっと後まで会社に居残って仕事をしている者もいる。いずれにしても私の目の前からいなくなればどうでもよかったことなのだが、どういうわけかそのどうでもよかったことが気になりはじめた。

 彼らは私と同様に真っ直ぐに家に帰るのだろうか。それともどこかで遊んで帰るのだろうか。

 そんなことどうだっていいはずなのに、なぜか気になる。私の目の前からいなくなった同僚たちのその後。次の日の朝になればまた姿を現す彼らは、その間どこで何をしているのだろう。

 そう思った私は、ある日職場でも最も席の近い同僚の後をこっそりつけてみた。

 その男も私と同じように定刻になると席を立って会社を後にするという”判でついた”日常を送っているように見えていた。しかし、年齢は私よりずっと若く、確かまだ未婚だと聞いている。きっとどこか居酒屋みたいなところで飯を食って帰るのだろう。それともコンビニとかでビールと弁当を買って帰るのだろうか。

 会社を出て五分ほど歩くと地下鉄に降りていく階段がある。私も毎日この通路を利用して地下鉄に向かう。

 同僚は階段を降りきったところで、地下鉄の改札に向かうかと思ったが、その手前にある金属の扉に手をかけた。その扉は壁面に溶け込むような色合いで、私は今までその存在に気がつかなかった。彼は慣れた動きで扉を押してスッと中に入った。

 こんなところに店でもあるのだろうか?

 とても怪しい扉だったが、あまりにも不思議過で私は見過ごすことができなかった。

 扉の中がどうなっているのか見たい。

 ほんの数秒躊躇してから思い切って扉に手をかけた。扉は難なく開いて、私は彼と同じようにスッと中に入れた。

 扉の中は薄暗く、だだっ広い何もない空間だった。何もないと思ったが、少し奥まで歩を進めると、何かがあった。いや、あったのではなく、いた。同僚が立ってるのだった。しかし彼は黙って立っているだけで私に反応しない。まるでマネキン人形のように立っているだけだ。よく見るとその後ろにも別の人間が立っていた。一人ではない、大勢の男女が思い思いの姿で立っていた。まるで百貨店のマネキン人形置き場だ。

 私はおぼろげながらに理解した。ここはアフターファイブの人々を翌朝まで保管しておく場所なのだ。みんな家に帰ると見せかけて、翌朝までこの場所で静かに時を待ち、然るべき出番が来たらまた出ていく、そういう場所なのだ。 

                      了


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