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第七百九話_short くつろげる場所 [literary(文学)]

 いささか部屋が狭いなと思いながら暮らし続けてもう十年ほどが過ぎてしまった。もともと別々に暮らしていたふたりが結婚したときに、お互いが持っていた家具や道具を持ち寄って一つの部屋に入れたのだから、そりゃあ狭くなって当然だ。もちろん処分したものもたくさんあるのだが、愛着があってどうしても捨てられないものだってあるのだ。

 たとえばソファがそうだ。ふたりともインテリアが好きで自慢のソファを持っていたのだ。僕たちの部屋はいわゆるニLDKのマンションでリビングだってそう小さくは無いのだが、それにしてもソファを二つも置くとかなり圧迫されてしまう。それでも工夫をしてテレビの前にL型に並べて置いていたのだが、ソファはふたつも必要ないし、個性の違うものが並んでいるのもいささか変であることも重々承知していた。だがそれでも捨てる気持にはなれなかったのだ。

 ところが十年も経つとさすがにヘタってくる部分も出てきて、妻のお気に入りであった赤いソファを処分する気になったのだ。粗代ゴミセンターに電話をして収集場所と日時を教えてもらった。

 粗代ゴミの収集場所はすぐ近くの公園の前だということで、僕たちは決められた日の前夜、ソファを運び出した。道路に面した公園の前に置いてみると、部屋の中ではあんなに大きかったソファはこじんまりと真座していて、広々とした場所で赤い色が圧倒的な存在感を示していた。

「なんか、いい感じだね」

「ほんと。こんなに素敵なソファだったのね」

 粗代ゴミのシールを貼れ場それで終わりのはずだったのだが、なんだか急に愛着が盛り返してきて、僕たちはその場を離れがたくなった。 

「ちょっと、飲み物でも買ってくるわ」

 ふたりは並んでソファに腰掛けてコンビニで手に入れた缶コーヒーを楽しんだ。

 夜中の公園の前でソファに腰掛けて通り過ぎていく車や自転車を眺めて過ごすのは、ドラマの一部分を見ているようでなかなか面白かった。

「こんな時間でも案外みんな活動してるんだな」

「そうね。私たちもね。それはそうとなんだかおなか減ってきちゃった」

 小さなテーブルを取りに戻り、その上にコンビニのサンドイッチとビールが並んだ。

「うーん、いい塩梅じゃないか。眺めもいいし。こんな広い部屋に住みたかったんだ」

 そう言うと妻も笑いながら大きく頷いた。

 しばらくそこで過ごしているうちに気持ちが大きく動いた。僕たちはソファからシールを剥がして、ソファを公園の中に移動させた。

 なんだ、こんな簡単なことだったんだ。

 僕らは部屋にいるよりも公園で過ごすことが多くなった。公園の片隅にはあの赤いソファを中心にテーブルや椅子、キャンプ用の調理機と小型テレビまでもが揃っている。頭の上には雨除けの青いテントも張った。

 広々とした新天地で三日ほど過ごすと、もうそこから離れられなくなってしまった。

sofa.jpg 

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第七百八話_short しあわせの決め方 [literary(文学)]

「おまえ、いつもつらそうな顔して。悩みでもあんのか?」

 トラックに荷積みを終えたあとでちょっとだけ先輩の辰兄が言った。

「いえ、べつに」

 僕は辰兄は急になにを言い出すのかと思いながら答えた。

 倉庫の横にある洗い場に向かいながら辰兄はまだ続けた。 

「いいか、この仕事は確かにキツイ。俺みたいにガタイがでかくてもそう思う。なのにお前ときたらそんなちっぽけな身体でよくもまあ雇われたなと思うよ。お前には荷が重いだろうけど、ここは頑張りどころだで……」

「はぁ……」

 辰兄はたった三カ月だけ先輩なんだけれども、年上ということもあってなにかにつけて僕のことを気にしてくれる。ありがたいんだけれども、僕にとってはいささかうざくもあるんだ。

「いまは……そういいこともないだろうけどよ……そうそう、いい言葉、教えてやるぜ」

 洗い場の水道を全開にして手と顔をじゃぶじゃぶ洗ってから辰兄は神妙な顔をして言った。 

 しあわせはいつも

 じぶんのこころがきめる

            みつを

 みつをというところまでを本文と同じように言った。

「これな、実はいつも行く飲兵衛横町のトイレに貼ってあるんだ。なかなかいいだろ?」

 知ってる。僕が嫌いな詩人のカレンダーとかに書いてるあれだ。

「しあわせかどうかなんてさ、自分で決めるんだってさ」

 なんだよそんなこと。僕だって自分で決めてるさ、そんなこと。それに僕は別に幸せなんて望んでいない。僕には幸せなんて関係ないんだ。そんなことよりも大事なことがいっぱいあるんだよ。

 そう言ってやろうかと思ったが、面倒臭いのでそれは言わないでおいた。

「そうだね、辰兄、ありがとう」 

 僕の言葉を聴いて辰兄はドヤ顔になってうんうんと何度も頷いた。

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第七百七話_short 幸せインタビュー [literary(文学)]

「いま、あなたは幸せですか?」

 繁華街を歩いていると、でかいカメラを従えた男が道行く人にマイクを突きつけているのが見えた。

 ああまた、つまらないバラエティ番組かなんかの取材だな。そう思いながら通り過ぎようとしたのだが、ちょうど人通りが少なくなったタイミング出会ったためか、その男性インタビュアーに見つけられてしまった。

  しまった。もっと遠巻きに歩けばよかったと思ったがもう遅い。カメラは私に向けられ、目の前にはすでにマイクが突きつけられていた。

「あなたは今、幸せですか?」 

 ちょっと前にテレビかラジオで幸せ度について誰かが論じていた話を思い出した。

 幸福度調査をしてみたら、高齢者の多くは幸せであると答えるというのだ。

  それはどういうことかというと、若いころには誰しも少しでも幸せになりたいと努力するのだが、そのうち歳を重ねていくと、もうこれ以上は望めないことが見えてくる。たとえば若いころには社長になりたいと思っていた人間が、結局部長にしかなれなかったとして、しかしその時点で定年が間近でもう先が見えてしまっている。ああ自分はここまでどまりだったと思っていたかもしれにが、 今となっては、部長にまでなれてよかったと思うようになる。なぜなら、そうでなければ自分の人生はなんだったのだということになるから。そして歳をとったいま、若かったときよりももっといい時はもはや来るはずがないのだ。だとすると、いまが幸せだと思わなければ、自分の人生を自ら否定してしまうことになる。そんな理屈だったと記憶している。

 もっともな話だと思った。確かにエネルギーに満ちていたあの頃は、幸せになりたいと努力した。ということはあの頃はまだ十分に幸せではなかったということだ。だからもっと幸せになりたいと願った。

 貧乏な家に生まれ育ったからこそ、お金持ちになりたいとがむしゃらに働き、いい家庭をつくりたいと考え、いい相手を見つけて結婚をし、人からも羨まれるような家庭をつくった。その後も家族を幸せにしたいと願って会社を興し、その会社もどんどん大きく成長させることができた。いまや世間では知らない者等いないだろう企業のオーナーとしての人生を築き上げた。

「いまあなたは幸せですか?」

 いや、そんなことは考えたこともない。だから改めて聞かれてちょっと考え込んでしまった。インタビュアーが少し困った顔をしている。手早くインタビューをして次の通行人にマイクを向けたいのだ。

 私は仕方なく答えた。

「ちっとも」

 インタビュアーの顔がますます曇った。

「私はいくつもの会社をもっていて、そのどれもが人々を幸せにできる品物を世界中に提供しているのだ。だが私は年々歳をとり、いまではこんなにしわくちゃな爺さんになってしまった。はたしてこれが幸せというものなのだろうか? 人々を幸せにすることで私自身も幸せになれると信じて今日まで生きてきたのだけれど、いまあんたに幸せかと訊ねられて私は改めてそうじゃないことに気がついたんだよ。いったい幸せとはなんなのだとね。私はまだまだ諦めていない。きっともっと素晴らしい幸せがあるに違いないんだ。だからいまが幸せだなんて思わないし思いたくもない。歳をとってもうこれ以上の幸せはないなんて思って、ここで立ち止まるなんて、そんな馬鹿な話は無い! 私の人生はまだこれからなんだとそう思いたいんだ!」

 気がつくと目の前にはもう誰もいない。カメラとマイクは通りの向こうで別の通行人に向けられていた。 

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第七百六話_short やっちゃえ [literary(文学)]

 なにかに迷っていたり、ちょっとした悩みごとにとらわれてしまっているとき、僕は茫然と過ごしながら頭の中を整理するという癖がある。

 頭の中を整理するなどというと賢そうに聴こえるかもしれないが、実際のところは何も考えないようにするというのが当っているかもしれない。なにかほかのことに意識を移すことによって一旦考えをリセットするとでもいうのだろうか。

 かといって本を開いたり雑誌を眺めたりしても結局考え事に意識がいってしまって本や雑誌の集中できないし、音楽をかけても耳に入ってこないことが多いのでたいていはテレビをつけてその前で茫然と過ごすのだ。

 テレビの人たちがやっているばかげたことは集中してみる必要もないし、しかし目と耳から入ってくるそれらの雑音は頭の中の隙間に入り込んでくるので、考えに意識が行くことも阻害してくれるからちょうどいいのだ。 

 いまもそういった塩梅でテレビの前で茫然と時間を潰している。と、何かのテレビCМがかかった。一瞬にして瞼が開いた。

 昔から大好きで尊敬さえしているミュージシャンが出演していたのだ。日本のロックの帝王ともいえる偉大な音楽家、矢沢だ。その不良っぽい独特のスタイルやワルを気取った激しい発言などのために世間からはいろいろ言われてきた人だが、僕はそんなところに惹かれ続けてきた。その矢沢がなにかを言っている。 

”二種類の人間がいる。

やりたいことをやっちゃう人と

やらない人”

 これはCМのコピーか? 矢沢、言わされているのか?  

”やりたいことをやってきたこの人生。

お陰で痛い目にもあってきた。

散々恥もかいてきた”

 違う。これはCМのコピーではあるけれども、矢沢自身の生きざまを映したものだ。同じようなことを言ってるインタビュー記事を見たことがある。 

”誰かの言うことを素直に聞いてりゃあ今よりずっと楽だったかもしれない。

でもね、これだけは言える。

やりたいことをやっちゃう人生の方が間違いなくおもしろい”

 そりゃあそうだ。人のための人生じゃない、自分のための人生なんだもの。

 しかし、なかなかそうはできないから、人間、悩むんだよな。この人みたいにパキッとそうできたら誰も悩まないよな。でもやっぱmこいつかっこいいわ。見習いたいぜ、ほんと。

 矢沢の言葉はさらに続いた。 

”俺はこれからもやっちゃうよ”

 やっちゃうんだ、矢沢。偉いわ、この人。もう結構な年齢なのに、まだなんかやるつもりなんだ。

 画面にキャッチフレーズ。

「やるか。やらないか」

 シンプルだな。そりゃあそうだ。全くその通りだ。

 世の中、やるかやらないかだ。やんなきゃなにもはじまらない。けっどやっちゃったらどうする? そんなこと知ったことか。やらなければ後悔するだけだ。

 やらなかった後悔と、やっちゃった後悔。どっち? 

 テレビの中の矢沢が言った。 

”あんたはどうする?”

 ようやく心の揺れが止まった。僕……いや、俺はテレビを消して傍らに置いてあった黒いバッグをつかんで立ち上がった。バッグの中に手を突っ込み、硬くて重い金属の感触を確かめて安心し、思い扉を開けた。 

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第七百五話_short ハマる [literary(文学)]

 僕は街角にポツンと立っている自販機のところで汗だくになっていた。

 秋も深まってきたといいながら去年と同様まだ暑い日が続いていて、書店からの帰り道でのどが渇いてきたのだ。通りがかりに自販機を見つけて冷たい水でも飲もうとポケットに残っていた小銭を取り出して投入口にまずは百円玉を投入し、次に十円玉を投入しようとしたところ、赤銅色の小銭は指先から早めに離れて自販機に入る手前で行ってしまったのだ。小銭は歩道の端っこに落ちたと思ったら、自販機の足元にちょうどうまい具合に存在している細い溝……溝というよりも歩道と自販機の足場になっているコンクリートの間にできた切れ目みたいなところに嵌り込んでしまった。

 溝は大人の指が入るか入らないかぐらいで、僕は人差し指を入れようとして諦めた。覗いてみると、ほかにも小銭らしきものが嵌り込んでいた。

 なんとか十円を取り戻したい。僕は小枝か針金が落ちてないかと周りを見渡したが、手ごろなものは見つからなかった。が、なにかのチラシを拾ってそれを折りたたんで溝に突っ込んでみた。なんとか十円玉に触れてはいるのだが、何しろ紙では持ち上げることができない。何度も何度もチャレンジしているうちに額から汗が吹き出し、そのうち顔といわず脇あたりからも汗が流れ出して今のような汗まみれの状態になってしまったのだ。

 十円くらいで何をしてるんだと思うだろうけれども、水は百十円で、僕のポケットにはもう十円玉一枚も残っていなかったのだ。

 散々苦労した甲斐があってついに十円玉を拾い上げ、手に入れたペットボトルの水はひときわ美味く感じられた。

 それからしばらくして、車を運転しているときのことだ。

 僕は煙草を吸いながら運転することがよくあるのだが、その日も細い煙草をくわえてハンドルを握っていた。吸い殻入れは左手にある中央コンソールのポケットにあり、僕は時々左手で煙草の灰を吸い殻入れの中にはじき入れていた。

 と、目の前の車が急にブレーキランプを灯したので、僕もあわててブレーキを踏んだ。なんだよ街中で急ブレーキなんか踏むんじゃないよ。そう思いながら前方を見ると、どうやら自転車のおばさんが飛び出してきた様子だった。

 ほんとうに最近は自転車の交通マナーがなっていないんだから。

 なんだか違和感を感じて、あれ? なんだったっけ? 

 一瞬その違和感がなにかわからなかったが、すぐに思い出した。

 今口に加えていた煙草は?

 火をつけて間もない煙草だ。口にもない、左手にもない。一体どこに? しかし車中には煙の気配があった。前方の道路を見ながら、俊足で足元や脇をチェックする。と、中央コンソールのあたりから煙が上がっている。

 え?! なに? 

 僕は車を道路脇に寄せて止めた。

 どうやら煙草は中央コンソールと僕が座っている座席の隙間に嵌り込んでしまったようだ。その隙間からかすかに煙が上がっている。隙間を覗くと細い煙草が見えている。僕は指を突っ込んで取ろうとするが、隙間が狭すぎて指が入らない。ドアを開いて一旦車外に出て、座席の下に手を突っ込むが届かない。見る見るうちに煙が車内に充満し始める。

 他、大変だ。火事になる!

 落ち着いて落ち着いてと思いながらも同sればいいかわからずオロが来る。ひたすら指を突っ込む場所を手探りするが、全く届く気配すらない。

 頭の中ではついに煙草からフロアカーペットか布張りの座席に火が燃え移る様子が浮かんでいた。

 み、水! とっさにそう思ったが、車内に水は無い。

 見ると道路脇にあの自販機が見えた。僕はポケットの中の小銭を探りながら自販機に走った。

 ポケットの中にはちょうど百十円があった。

 自販機に百円を入れ、注意深く十円玉を入れて、今度は無事に水を手に入れて車に戻り、煙草が嵌り込んでいる隙間めがけてペットボトルの水を投下した。煙は消えて、水の流れで吸い殻も手の届くあたりに流れ出た。かくして無事出火を食い止めることができたのだが、もちろんフロアカーペットの煙草が落ちていた当りを探るとちょっとした焦げ穴ができているようだった。

 なんでこんなつまらない話を思い出したかというと、ハマるというキーワードから連想したものだ。簡単に抜け出せそうな気がするのにそうはならないもどかしさ。そこに見えているのに取り返せないというのがハマるという現象だ。

 僕は今、インターネットでつながってしまった相手が偽物だったのではないかと疑いはじめている。

「労せず数百万円があなたのものに」

 普通ならそんな言葉を信じるわけもないのに、魔が指したというのだろう。僕はあっさりと情報料の五万円を払いこんでしまった。それから一週間過ぎたが、いまだに何も送ってこない。催促メールにも返信がない。どうやら僕は嵌められてしまったようだ。いったい僕はなんどハマったら気が済むんだろう。 

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第七百四話_short 炎症が起きてる [allegory(寓意)]

 昨日あたりから排尿の感じがおかしい。 尾籠な話題で興趣だけど、おしっこの前後でむずむず感があって、終わった時にはツーンとした軽い痛みがあるのだ。そんな感じがあるためか、度々トイレに行きたくなる。実はこういうのは初めてではないのでわかるのだ。膀胱炎だ。

 男性の場合は尿道炎になりやすく、その原因は性行為であることが多いらしいが、私の場合は性行為はもう何年もないし、何より男性ではないので、これは膀胱炎であると自分で診断した。

 なんでそんなことになるのかというと、その原因はたとえばお尻の拭き方がまずかったとか、女性の尿道は短いからとか、 身体が疲れているからとかいろいろあるらしいが、よく言われるのはトイレを我慢していると膀胱炎になりやすいのだそうだ。

「水分をあまりとってないのではないですか? それと、トイレを我慢していませんでしたか?」

 若い医師がそう訊ねた。

 そもそも炎症とは、身体に入り込んだ雑菌等に対応するために身体の抵抗機能が働くことによって起きるということなのだが、排尿は身体にたまった雑菌を洗い流す働きがあるのと、おしっこを我慢していると膀胱の粘膜が広がりっぱなしになって、血流が悪くなることも原因なのだそうだ。 

「そういえば、トイレ、我慢するたちなんですよ」

 そう言うと医師はやっぱりと納得した表情で頷いた。

「で、我慢しているのはトイレだけですかね?」

 え? ほかにもなにかあるのだろうか。

「ええーっと・・・・・・どういうことでしょうか?」

「とりあえず膀胱炎であることは確かなんですけどね、あなたは全体的に抵抗力が落ちているように見えるんです」

「抵抗力?」

「そうです。抵抗力が衰えると、身体の中の白血球が増えてきて、いろんなところで炎症が起こりますよ」

 へえー、そうなんだ。なんか我慢してたっけ? 

 我慢といえばいろいろ我慢している。ダイエットのために甘いものを控えてるとか、炭水化物を我慢しているとか、そうそう、職場環境が悪くて我慢して働いているとか……そんなことが炎症につながるのだろうか?

「いろいろ我慢はしてるんですが、それが何か?」

「まぁ、我慢というか、ストレスによって抵抗力が落ちる、それが身体の中の弱い部分に炎症という形で表れるわけでして……皮膚とか腸とか肺とか副鼻腔とか……骨髄炎、脳炎とかいうのもありますよ。排尿以外にむずむずするところはないですか?」

 そういえば最近……

「あの、先生……なんとなくですけど、言われてみればいろいろ我慢しているせいか、最近むずむずしてるんですよ」

「どの辺が?」

「むずむずするんです、頭の中が」

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第七百三話_short あの日に帰りたい [literary(文学)]

 家に帰るとまず郵便受けをチェックするのが日課だ。もうこの歳になると誰かから手紙が届くというようなこともほとんどなくなってしまったのだが、郵便受けの中にはもしかしたらなにかよい知らせが入っているのではないかという淡い期待も一緒に入っている気がするからだ。

 だが、たいていはごみ箱に直行させるしかない不動産のチラシやネットで登録してしまった化粧品メーカーからのDMばかりで、だからといってがっかりするでもなく、ただの習慣としてとりあえずがっさり掴んで部屋に入る。

 ところがその日は掴んだゴミの中にいつもとは違う感触があった。封筒だ。

 それは大学時代の同窓会の案内状だった。

「ふーん、同窓会か。何十年ぶりだろう」

 冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注いでから椅子に座って封筒を開く。

 これまで同窓会等一度も行ったことがなかった。高校や中学の同窓会があったようだが、案内をもらってもそのまま忘れてしまったり、面倒臭いと思って欠席に丸をつけて返送してきた。なんだかそういう過去のものに興味が持てなかったのだ。

 若いうちは大々的な同窓会等ほとんど開催されず、ある程度年齢を重ねてくると割合同窓会が多くなってくるのは、人生が残り少ないとみんなが気づくからだと私は思っている。五十歳も過ぎると、何人かの訃報が届けられるようになり、自分自身もいつ死んでも不思議ではない年齢になったのだと思うようになる。だから、そうなる前に昔の知り合いに会っておきたいと考えるようになる。言ってみれば”終活”の一種なのだと思う。

 同窓会の案内を受け取った日はさほどなんの感慨もなく、同窓会には出席しようかどうしようかとそれだけを考えていた。

 だが、記憶というものは不思議なもので、忘れてしまったと思っていたことが頭のどこかに染みついているらしい。同窓会の案内をきっかけに、時間が経つにつれて学生時代のことがさまざまに思い出されるようになった。

 音楽サークルに入っていた私は講義室よりも部室にいることの方が多かった。 

 あの頃……弾けないギターを教えてくれた先輩の顔。二年生になって一緒にバンドを組んだ仲間たち。いつしかカップルと呼ばれるようになっていった一つ年上の同級生。みんな来るのかしら? それにしてもどの人も顔がおぼろげにしか思い出せない。そうだ、アルバムがあった。私は押入れの奥から段ボール箱を引っ張り出して古いアルバムを探し当てた。

 表紙をめくり、次々と頁を繰っていくうちにほんとうに忘れていたことが多いことに気がついた。

 ああ、懐かしいわ。みんなどうしてるのかなぁ? なつかしむと同時になんだかみんなと会いたくなって、その前にまるであの頃の私に戻ってしまったような気になった。

 ふと大好きだったユーミンの歌が浮かんだ。

”青春の後ろ姿を 人はみな忘れてしまう~

あの頃の私に戻って、あなたに会いたい!”

 歌詞を思い浮かべて思わず涙をこぼしてしまったところに、長男が帰ってきた。

「母さん、なにしてるの? 俺の卒業アルバムなんか開いて?」 


You&Me~あの日にかえりたい 荒井由実トリビュート作品集

You&Me~あの日にかえりたい 荒井由実トリビュート作品集

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2013/02/20
  • メディア: CD
 
 
 

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第七百二話_short 姿かたちは変われども [allegory(寓意)]

 姿かたちは変われども、その魂になんの揺らぎもない。

 明治初期の頃には、新政府の改革によって武士は廃止されてしまったのだが、髷を落とした者の多くはまだ武士の魂というものを内部に潜めており、ふつうの町人の出で立ちをしていたとしてもその実は武士としての誇りを糧に生きていた者も少なくなかったというが……。

 

 それにしてもあんたは、まったくその逆なんじゃあないか?

 姿かたちはなにも変わっていないのに、中身が変わってしまったなんて……そんなこと言われてもなぁ……。

「ああら? そぅお? だって私、目覚めちゃったんだもの」

 人一倍でかい筋肉質の肉体に髭面を乗っけた剛志が身体をくねらせながら言う。

「これからは剛子って呼んでね!」 

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第七百一話_short 友達の話 [literary(文学)]

「あのさ、友達の話なんだけど……」

 ほんとうは私が付合っている彼の話なんだけれども、誰かに相談したいがに用がちょっと恥ずかしい。そんな時、誰か別の人の話という設定で相談したりするよね。

「その、友だちの彼氏ったらね、もう三十歳になろうとしているのに漫画家を目指しているらしいの。それで、友だちは彼を応援しているんだけれども、生活費とかみんな彼女持ちなのでこの先どうなんだろうって悩んでいるらしいのよね」

 真面目な顔で聞いていた智美が答えた。

「夢を追いかけるのも大切だと思うけど、その彼って……まだ自分がわかってないんじゃない? まるで子供みたい。それにそれを許してる彼女だって」

 智美の意見はいつもおおむね正しい。常識人としてとても的を得た意見を言ってくれるのだ。だから私の相談相手にするんだけれど。

「で、その彼氏って……真二君でしょ? 友達じゃなくってあなたたちのことでしょ?」

 頭のいい智美は堪も鋭い。どうも友達の話っていうのはバレバレになってしまうらしい。次からは気をつけなくては。たとえ親友の智美が相手だとしても、ほんとうのことは知られたくないことだってあるんだもの。

「あのね智美。実は友達の友達のそのまたトっも立ちの話なんだけれど……」

「なによそれ。一体誰の話?」

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第七百話_short 洗脳される [philosophy(思惑)]

 二年ほど前の話だが、売れっ子のお笑いタレントが急にテレビから姿を消して隠遁生活を始めた。しばらくして同居している占い師に洗脳されて人間が変わってしまったという噂が広がった。

 それまでも新興宗教に入信した若者がことごとく洗脳されてすっかり変わってしまったという報道があったが、私はこの「洗脳」という言葉はとても特殊なものだと思っているし、まさか自分の身の周りでそのようなことが起きるはずがない。まして自分が誰かに洗脳されてしまうなんて考えられないと思っている。

 たとえばマッドサイエンティストの毒牙にかかって、頭にわけのわからない電極がついたヘルメットを被せられて、無理やり洗脳されてしまうというようなシーンを思い浮かべはするが、教祖や占い師の話を聞いて人格が変わってしまうなんてあるわけがない、と思っている。

 自分がしっかりしてさえいれば、そんな詐欺のような言葉に引っかかるはずがないではないか。なぁ、そうだろう?

 私は今日はじめて会うことになった見知らぬ男になぜかこんな話をはじめていた。たぶん、この男になにか売りつけられるのではないかしらという心配がどこかにあったからかもしれない。

 そもそも、面白い男がいるから紹介したいと仕事先の人から言われて、イタリアレストランで待ち合わせをしたのだが、結局紹介者は都合が悪くなり、見知らぬ同士で初顔合わせをするはめになったのだ。

 だが、案外人のよさそうな男で、私は一気に警戒心を解いたのだけれども、酒が入った私は妙に饒舌になってしまったようだ。

 男は、洗脳にまつわる私の意見に異論をはさむこともなく、楽しそうに耳を傾けていたが、私の話が一段楽したとわかったのだろう、にこにこしながら言った。

「あなたは本当に楽しいお方ですね。いやぁ、とても言い方だとは聞いていましたが、こんなに知識の豊富な素晴らしい方だとは思いもしませんでした。 あなたのような賢い方を紹介いただいて、ほんとうにあの方に感謝しますよ。いや、この出会いは神様に感謝した方がいいのでしょうか?」

 私は調子に乗って妙な話をしてしまったなと公開しかけていたところだったが、神に感謝とまで言われてすっかりいい気分になった。

「頭がよくって弁舌さわやかで、話し相手を楽しませてくれる、あなたのような方にはなかなかお目にかかれないんですよ」

 男はずいぶんと私に興味を持ってくれたようだ。

「私はあなたのような方と知り合うのをずっと待っていたんですよ。実はね、私、ちょっとした商売をしているのですが、ここのところ少し行き詰っていて、助けを求めていたのです。あなたのような方に是非、力を貸していただきたいのです」

 あんまりいいことばかり言うものだから気分がよくなっていたところに助けてほしい等と言われて断れる人間等いるのだろうか。私は身を乗り出して大きく頷きながら「私なんかにできることなら」と月並みな返事をしていた。

「やや! ありがたい。あなたの力添えをいただいたらもう、こんなうれしいことはありません。実はね、私は壺を販売していまして……幸せの壺っていうものなんですが……是非これをあなたのような方に持っていただいてね、その効果を実感していただきたいんです。必ずいいことが起きるんですから! そしてあなたが実感されたことをあなたのお友達にも広めていただきたいのです。あなたのような方に口添えいただければ、必ずこの幸せの壺を持ちたいと思うはずなんです。ええ、あなたには超格安で壺をお譲りしますとも。その、お試し価格ってやつです。ああ神様、ありがとう! あなたは本当に素晴らしい方だ!」

 私たちは改めて乾杯を交わし、私は重たい壺を下げて帰ったことは言うまでもない。 

洗脳.png

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