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第七百五十話_short ダイアリー [allegory(寓意)]

 そもそも私は文章を書くということが苦手だったようだ。それがある程度人並みに書けるようになったのには小学校時代の恩師のおかげだともいえる。他のことで覚えていることは少ないのに、鮮明に覚えている場面がある。

 それは小学校に入って間もない頃のことだ。父親の転勤で、私は小学一年生にして既に一回の転校を経験していたのだが、新しい学校に入って間もない頃だった。国語の時間、大きなマスの原稿用紙が配られて、なんでも好きなことを書きなさいと言われた。

 他の友達はみんなすぐになにかを書き始めたのに、私はただただ茫然と白い原稿用紙を見つめるばかりだった。間もなく国語の時間も終わりに近づいたとき、先生が近寄ってきてどうしたのかと訊ねた。私は泣きそうになりながら、なにを書いたらいいのかわからないと答えた。

 その後のやり取りは覚えていないが、おそらく、いまのことを書いてはどうかと指導されたのかもしれない。私はようやく鉛筆を手に、何とか名前とタイトルだけを書いた。

「書くことがない」

 そして授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったのだ。

 その後、心配した教師が私の親とも相談したのだと思うが、私に日記を書くようにと言った。私はその日から毎日日記をつけては学校に持って言って先生に渡した。先生は毎日私の日記を読んで感想を書いてくれた。よくド氏は持ち上がりだったので、同じ先生が日記の添削を続けた。三年生になると担任が変わってしまったが、前の先生の申し送りで引き続き新しい先生が添削してくれた。こうして私は高校生になるまで、約十二年間日記を書き続けた。さすがに大学に入る頃には滞るようになり、やがて日記は止まってしまったのだが。

 今改めて考えると、あの時の先生の指導があっての今がある。そして「書くことがない」と書いたことがスタート点でもある。

 

 このところ、毎日綴っているショート文が滞りがちになっている。かろうじて書きだめているから見た目では中断したことは無いのだけれども、実際には何も書けない日が続いていたりもする。書こうと思うのだが、PCの前に座っても何も始まらないのだ。なぜか? そう、書くことがないのだ。

「書くことがない」

 どうやら私は昔帰りしはじめているのやもしれない。

日記.jpg 

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第七百四十八話_short みんなで儲けようプロジェクト [allegory(寓意)]

 素晴らしいプロジェクト計画があるのに資金がない。とっておきのアイデアをかたちにしたいのに、お金がない。そんな場合に世界中の人から少しずつお金をわけていただく、それがこのクラウド・ファンディングという最近流行の資金調達手法です。 

 クラウド・ファンディングには、寄付型、投資型、購入型という三つのやり方があるわけですが、寄付型で参加してっもらっても、投資した人には何の見返りもありません。それはちょっと変ですよね。投資型にしたって、プロジェクトが成功した暁には何らかの見返りが期待できるというけれども、そこにはなんの確約もありません。購入型にしたって、実際にその購入したはずの発明品がモノになるのはいつのことやらわからないではないですか。

 実際に成功して起案した者も投資した者も、どちらもがハッピーになったという事例はあるそうだけれども、たぶんほんの一握りなんじゃあないですか?

 そこで私は考えました。このアイデアをクラウド・ファンディングで実現すれば、起案した私も、投資したあなた方も、全員が必ずハッピーになれるアイデアです。しかも、プロジェクトが成功したら、という先の話ではなく、参加した直後、いますぐにみんなが、全員がお金儲けできるのですよ。こんな幸せなアイデアはほかにはないんじゃあないですか?

 いいですか、まず参加してください。そしてその際に私の口座に千円だけ振り込んでください。そして同時に私が書いたこのアイデアをコピーして、五人の方にメールしてください。つまり、あなた自身も私のアイデアの起案者として拡散するわけです。その際、コピーした原稿にあなた自身の口座を追加して、私の口座とあなたの口座、それぞれに千円ずつ振り込むようにと、ここだけは改編してくださいね。そうでないとあなたに資金が調達されませんよ。

 こうしてあなたが送った五人の方が参加してくれれば、私トあなたの両方に資金が集まってくるわけです。

 そしてメールを送った五人の方にも、ここに書いている内容を実行するように促すわけですから、その方たちもまたそれぞれが五人のお友達から資金が集まり、同時にあなた自身にも資金が送金されるわけですね。

 どうです。これならば参加した全員が必ずお金持ちになれるじゃあないですか。しかもどんどん裾野が広がっていくわけですからね、やがて世界中の人々全員にまで拡散されれば、世界中がお金持ちになって、しかもあなたはとても感謝されることになるわけです。

 さぁ、このプロジェクトを成功させるために、みなさん、どしどし参加してください。お待ちしていますよ! 

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第七百四十六話_short うちの夫はリビングデッド [allegory(寓意)]

 昨夜あたりから夫の哲生が咳をするようになっていた。

「あらぁ、いやだ。風邪でもひいたの?」

「いいや、大丈夫だ。風邪じゃない」

 このところ毎晩疲れた顔で帰宅してくる夫は、朝になると「ああいやだ。会社休みたい」等と言うようになっていた。残業続きで疲れが出ているのかもしれない。身体が弱っているところに風邪菌は新入しやすいらしいから、やっぱり風邪をひいたんじゃないかしらと美沙子は思った。

「なんかお疲れ気味でしょ? ゆっくり休まないとだめよ」

 夫を気遣って言うと、情けない答えが帰ってきた。

「いや、疲れたっていうか、つまらんのだ。あんな会社もう辞めてしまいたいな」

「なに言ってるの。あなたが働いてくれないと生活していけないじゃないの」

 これまでも何度か同じようなやり取りがあったのだが、夫は今の仕事は自分に向いていないのだという。このままいまの仕事を続けていては人間としてダメになるなどと言いだす始末だった。それでも夜が明けると少しは気持ちが回復するようで、いやいやながら出社していく。一日働いてまたつらそうな顔をして戻ってくるのだ。

 また朝になった。

「ゲホッ、ゲボッ」

 隣のベッドで夫が咳をしていた。

「ほらぁ、やっぱり風邪じゃないの? 大丈夫? 朝よ」

 声をかけても夫は布団から出てこない。

「遅刻しちゃうよ」

 むりやり掛け布団を剥がすと、夫は「ぐあお!」と恐ろしい叫び声を上げて布団を奪い返した。 

「もう! 知らないよ!」

 美沙子は言い捨てて洗面に向かった。 

 キッチンで朝食をつくっていると、ミシミシっと廊下をゆっくり歩く音が聞こえた。覗くと夫がゆっくりと歩いてくるところだった。その歩みは実にのろまでまるで死人のようだ。

 キッチンにやってきた夫の顔は色がなく、どんよりとした瞳をこちらに向けて吠えた。

「ぐおう!」

「なにふざけてるのよ、急がないともう、八時になるよ!」

 美沙子は怒鳴り返したが、聴こえたのか聴こえないのか、夫はまた吠えた。

「ぐあう! ぐるるるる」

 風邪かと思ったら、そうじゃなくってどうやらゾンビのようだ。

「あなたいやだ。もしかして誰かにうつされたんじゃないの、ゾンビ」

 言うと図星だったようで、夫は動きを止めて答えた。

「がるるるるる……じづは、そのようだ……」

 もう、本当に困った人。ゾンビなんかになっちゃってどうするつもりなの?

「いやだもう! 私にうつさないでくれる? 私そんなのになりたくないから」

 お医者に連れていくべきかしら。それとも警察? ゾンビって死んだってこと? いやいや、夫はここに生きているわ。

 ちょっと不安になって夫に訊ねた。

「ねぇ、今日は会社休む? 会社にはゾンビになりましたって電話する?」

 ゾンビになったら解雇されちゃうのかしら? いやいやそんなくらいで解雇されたら訴えてやるわ。人権問題だもの。

「あなた、ゾンビになったからってクビになんかならないでしょうね?」

「がるる……オレもはじめてだから、わがらん・・・・・・がるる」

 近所でゾンビになったって人はいないから、訊くこともできないし……困ったわ。

「ねぇ、誰にうつされたのよ」

 夫に聞いてみたが、よくわからないらしい。夫の会社では最近多くの社員がゾンビ化しはじめていて、そのうちの誰かに噛まれたということもないし、接触すらしていないらしい。

「じゃぁ、うつされたんじゃないのかもってこと?」

 映画の中ではゾンビに噛まれたらゾンビになってしまうことになっているが、実はそうではないのかもしれない。だいたい会社でゾンビ化する社員が増えてるなんて……映画の中のゾンビだったらみんな噛まれて一気にみんながゾンビになってしまうはずなのに。

「実際のゾンビっていうのはな……がるる……映画とは違うぐるる」

 噛まれて鳴るんじゃなくって、まさに生ける屍としてのゾンビ化が起きているという。働く意欲がなくなったり、何のために働いているのかと疑問を持ちはじめたり、意欲はあったのに会社の方針なんかでねじ曲げられて行き場を失ってしまったり、そうした社員が生ける屍化、つまりゾンビ化するのだと、夫は唸り声をはさみながら説明した。

「なんだかよくわからないけど……それじゃ、半分は会社のせいだってことね。だったら正々堂々としてればいいわ。さ、早く着替えて、会社に行きなさいよ。それで、ゾンビ休暇とかゾンビ手当とかどうなってるのか、聞いてらっしゃい!」

 美沙子はのろのろしている夫を手伝って、口にトーストをほうりこみ、玄関先で見送った。

 もう、ほんとに。いまの社会はどうなってるのかしら。生きたままゾンビになっちゃうなんて、とんでもない世界になってしまったものだわ。そう思いながら美沙子は洗濯物に取り掛かった。 

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第七百十一話_short ジャズる [allegory(寓意)]

 エリントンを知らなきゃあね。

 確かにエリントンはすごいけど、それを言うならベイシーでしょ。

 わたしゃフルバンドよりダンモですな。

 ほぉ。ダンモってどのあたりの? 

 ビ・バップこそ本流だよ。

 それもいいけどいまどきかって気もするが。

 じゃぁ、クールジャズ? 

 マイルスはすごいが、あんまり好きでねえ。

 なら、フリー方面では?

 いや、フリージャズも好きにはなれないね。

 最近はヨーロピアンがいいんじゃない。

 そのうち小声で、近頃はね、イスラエルあたりだよ。

 客たちのジャズ談義を黙って聞いていた我がマスターが、私にだけ聴こえる声でぼそっと言った。

 そうだね、そうだね、ぜんぶいいんだねぇ。

 いいジャズはいいんだねぇ。

 いい音楽はいいんだねぇ。

 語るよりも、聴いて感じて染みてくる、ほんとうはそれで十分だということなのだ。 

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<参考: 『サントリー/コピー:仲畑貴志』 >

 

「角」÷H2O

そのH20が問題なのです。
井戸水に限るという者がいるかと思えば、
いや井戸水はいけないという者もいる。
そこへ、ミネラルウォーターが良いと口をはさむものがいて、
水道で充分という者がおり、
それならば断じて浄水器を使用すべしと忠告するものがいる。
また、山水こそ至上と力説する自称水割り党総裁が出現し、
清澄なる湖水に勝るものなしと異論が生じ、
花崗岩層を通った湧き水にとどめをさすと叫ぶものあり。
果ては、アラスカの水(南極ではいけないという)を丁重に削り取り、
メキシコの銀器に収め、赤道直下の陽光で溶かし、さらにカスピ海の・・・
と茫洋壮大なる無限軌道にさまよう者もある。
と思えば、秋の雨です。と耳うちする者がいたりする。
我が開高健先生によれば、「よろし、よろし、なんでもよろし、
飲めればよろし、うまければよろし」ということになる。
さて、あなたは?今夜あの方と、水入らずで。「角」。

 


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第七百四話_short 炎症が起きてる [allegory(寓意)]

 昨日あたりから排尿の感じがおかしい。 尾籠な話題で興趣だけど、おしっこの前後でむずむず感があって、終わった時にはツーンとした軽い痛みがあるのだ。そんな感じがあるためか、度々トイレに行きたくなる。実はこういうのは初めてではないのでわかるのだ。膀胱炎だ。

 男性の場合は尿道炎になりやすく、その原因は性行為であることが多いらしいが、私の場合は性行為はもう何年もないし、何より男性ではないので、これは膀胱炎であると自分で診断した。

 なんでそんなことになるのかというと、その原因はたとえばお尻の拭き方がまずかったとか、女性の尿道は短いからとか、 身体が疲れているからとかいろいろあるらしいが、よく言われるのはトイレを我慢していると膀胱炎になりやすいのだそうだ。

「水分をあまりとってないのではないですか? それと、トイレを我慢していませんでしたか?」

 若い医師がそう訊ねた。

 そもそも炎症とは、身体に入り込んだ雑菌等に対応するために身体の抵抗機能が働くことによって起きるということなのだが、排尿は身体にたまった雑菌を洗い流す働きがあるのと、おしっこを我慢していると膀胱の粘膜が広がりっぱなしになって、血流が悪くなることも原因なのだそうだ。 

「そういえば、トイレ、我慢するたちなんですよ」

 そう言うと医師はやっぱりと納得した表情で頷いた。

「で、我慢しているのはトイレだけですかね?」

 え? ほかにもなにかあるのだろうか。

「ええーっと・・・・・・どういうことでしょうか?」

「とりあえず膀胱炎であることは確かなんですけどね、あなたは全体的に抵抗力が落ちているように見えるんです」

「抵抗力?」

「そうです。抵抗力が衰えると、身体の中の白血球が増えてきて、いろんなところで炎症が起こりますよ」

 へえー、そうなんだ。なんか我慢してたっけ? 

 我慢といえばいろいろ我慢している。ダイエットのために甘いものを控えてるとか、炭水化物を我慢しているとか、そうそう、職場環境が悪くて我慢して働いているとか……そんなことが炎症につながるのだろうか?

「いろいろ我慢はしてるんですが、それが何か?」

「まぁ、我慢というか、ストレスによって抵抗力が落ちる、それが身体の中の弱い部分に炎症という形で表れるわけでして……皮膚とか腸とか肺とか副鼻腔とか……骨髄炎、脳炎とかいうのもありますよ。排尿以外にむずむずするところはないですか?」

 そういえば最近……

「あの、先生……なんとなくですけど、言われてみればいろいろ我慢しているせいか、最近むずむずしてるんですよ」

「どの辺が?」

「むずむずするんです、頭の中が」

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第七百二話_short 姿かたちは変われども [allegory(寓意)]

 姿かたちは変われども、その魂になんの揺らぎもない。

 明治初期の頃には、新政府の改革によって武士は廃止されてしまったのだが、髷を落とした者の多くはまだ武士の魂というものを内部に潜めており、ふつうの町人の出で立ちをしていたとしてもその実は武士としての誇りを糧に生きていた者も少なくなかったというが……。

 

 それにしてもあんたは、まったくその逆なんじゃあないか?

 姿かたちはなにも変わっていないのに、中身が変わってしまったなんて……そんなこと言われてもなぁ……。

「ああら? そぅお? だって私、目覚めちゃったんだもの」

 人一倍でかい筋肉質の肉体に髭面を乗っけた剛志が身体をくねらせながら言う。

「これからは剛子って呼んでね!」 

クリオネ.jpg 

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第六百九十二話_short 歪んだ考古学者 [allegory(寓意)]

「地中深くには様々な過去の事実が蓄積されているのです。我々はその事実を見つけ出して、地球の歴史を理解し、我々の真の姿を知ることができるのです」

 深く掘り起こされた穴の中で考古学者は力説した。取材カメラは学者の表情からパンダウンして掘られている穴の土壁を映し出した。そしてインタビュアーがさらに訊ねた。

「で、たとえばいまは何を探しているのですか?」

「ナンモナイトだ」

 学者は即座に答え、インタビュアーはさらに突っ込んだ。

「アンモナイトってことは、このあたりは海だったってことですね?」

「いや、そうじゃない。ナンモナイトだ」

「ナンモナイト?」

「そう。宇宙は無から生まれたとされておる。そんなことが可能なのかどうかわしにはわからん。だが、もしその証拠がこの土の下にあるとしたら? 宇宙が無から生まれたことを証明できるかもしれん」

「は? それがナンモナイト?」

「そうだ。掘って掘って、掘り尽くして、その結果ナンモナイところまで行きつくことができたなら、宇宙はなんもないところから生まれたと言えるのではないかね?」

 インタビュアーはしばし沈黙して考えた。カメラはひたすら掘り続ける学者の手元を大映しにしていた。

「先生……もしかして先生は博多のご出身ですか?」

「そりゃ急に、なんば訊いとると?」

「いえ、なんもないと? って……」 

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第六百九十話_short 土の下に暮らす [allegory(寓意)]

 最初はみんなと同じように暮らしていたさ。なにも考えずに。いや、余計なことなど考える必要がなかった。たいていはそのまま成人して、年老いていくものなのだろうけれど、中には余計なことを考えるようになって、そのうち余計なことしか考えなくなってしまう人間もいるんだね、私のように。

 そうなると非常に日常生活がつらくなる。だって日常生活の中には余計なことがあふれていて、そのことばかりを考えているわけだから、息を吸うのすら苦しくなるんだよ。そうなると息をつめて毎日を送るようなことになって、やがてほんとうに息がつまりそうになって、私は土の中に潜り込んだんだ。

 土の下っていうのは人が思うほど悪いものではない。冬は暖かいし、夏はひんやりして心地いい。死体を埋めるようなイメージがあるから、なんとなく忌むべき場所のように思われているけれども、そうではないんだ。土の下に住む生物だって思いのほかたくさんいるんだよ。土竜や蚯蚓はしっているよね。ほかにもネズミや野兎なんかも穴を掘って土の中。多くの虫たちは幼虫の頃を土の中で過ごして、成虫になると地上に上がるというものもいるね。

 とにかく土の下というのは海と同じように生命力に溢れていて、静かで穏やかで、過ごしやすい平和な場所だと断言できる。私のようなものでさえ迎え入れてくれる場所なんだよ。

 土の下なんて息はできるのかって思う人もいるかもしれないが、存外、人間というものは多くの場所に適応できるんだ。土は水よりも粒子がかなり荒いから、その隙間には空気もたくさん含まれていて、地上で息を詰めていることを思えば、全然大丈夫。ふつうに息をしているよ。食べ物だって地上の果実のように芋や根や、種とかいろいろ手に入るし。

 この頃少しだけ不安がよぎるのは、将来どうするかっていうことなんだ。ここはとても居心地が良すぎて、もう死ぬまで安住してしまいそうなんだ。まぁ、それも悪くはないとも考えるんだけれども、もともとは地上で生まれた者としては、やはり死ぬ時は地上でなんて思ったりもするわけさ。そうするためにはもうそろそろ地上に復帰した方がいいのかもしれないなとか思うんだ。

 人知れず静かに土の下で暮らしている人間が、地上に出るには結構な勇気が必要になるよ。そりゃあそうでしょう。隠遁生活者が都会に出るような感じだもの。暗闇からいきなり光の中にさらされるような。ね、そう思うとまた、別にこのままでもいいんじゃあないかなんて気持ちがもたげてきてね。

 うーん、どうしようか。まぁ、まだそんなに歳を食っているわけでもなし、まだもう少し思考する時間はあるななんて自分をごまかしてはいるものの、実は結構歳ばかり食ってるんだよね。そろそろ病気で死んでいく同世代も増えているような年代だから。

 土の下か、地上か。土の中か、地表か、土の下か…… 

土の下.png 

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第六百八十八話_short 押してはいけない [allegory(寓意)]

 都会のマンションからとある田舎の古民家に引っ越してきた。実は田舎暮らしをしてみたいと以前から考えていたのだが、このたび仕事が一段落したのを機会に、思い切って移住を決断したのだ。

 新しい住まい……いや、実際には古びた家なのだが、昔ながらの藁ぶきの一戸建て農家かと思いきや、なぜか洋館だった。田舎でありながら洋風であるという物件を見つけた時、これはぜひ住まなければと思ったのだ。田舎だけに広い庭、といいうよりも畑が敷地内にあり、連れてきた犬猫にとっても理想的な環境だと言える。

 空家になる以前は一体どんな人が住んでいたのだろうと、世話人の奥野に訊ねてみたが、もうずいぶん以前から空家になっていたということで詳しくは分からないというのだった。ただ、外国人であったことと、それゆえに言葉が通じにくかったのか、ほとんど近所づきあいというものもなかったようだということだった。

 住みはじめて一週間ほど過ぎて、地下室があることに気がついた。家を世話してくれた時にはまったく話に上らなかったし、間取り図にも描かれていなかった。なにしろ家に隣接する納屋に入口があり、その納屋自体、納屋が付いているという情報があっただけだったのだ。

 納屋にバイクやいらない荷物をしまおうとして奥に小さな扉があることに気がついた。鍵はかかっていなかった。扉を開いて中をのぞくと地下に続く階段があるのだが、昼間でも暗くてよく見えない。入口からの自然光でかろうじて階段の先に煉瓦の床が見えていた。灯りはないのだろうかと扉周りを探ってみたら、内側に押し釦があり、そこにはS-Witchと書かれてあった。なんだ、こんなところにスイッチがあるじゃあないか。と、指を伸ばしかけた時、後ろから声がした。

「やめろ。それを押すんじゃない」 

 どきりとした。誰? 振り返ると奥野が立っていた。奥野はこの家を世話してくれた人だが、村の世話役でもある。村のルールやこの家のことをいろいろ教えてくれたのだが、先にも書いたように先住人のことはよく知らないと言った。

「なんだ、奥野さん、驚くじゃないですか」 

「ちょっと用事があってきたんだけれども、納屋の戸が開いていたのでな」

「で、どうして止めたんです?」

 奥野は私に近づきながら言った。

「いや、その釦は押さない方がいいと思うんだ」

「どうしてです? 灯りをつけないと地下に降りられそうにないですよ」

「ううむ。地下室に降りてもなにもないぞ」

「え? 降りたことがあるんですか?」

「いや、そうじゃないんだが」

 奥野はなぜか口ごもった。

「なにか隠しているんですか?」

 奥野は少し困ったような顔をして黙っていたが、やがて口を開いた。

「実はな、一つだけ言ってないことがあってね」

「なんなのです?」

「ここに住んでいた外国人のことなんだが、魔女じゃないかといううわさがあってね」

「魔女、ですか?」

「そうだ、魔女だ」

「それって噂なんでしょ? なにか事件でもあったんですか?」

「いや、そういうことはないんだけれども、その魔女は”S”という名前だったそうだ」

「Sですか」

「そう、Sだ」

「それで?」

「彼女はある日突然いなくなってしまったということで、いろいろ謎が多くってね。……そこにある釦、なんて書いてある?」

「スイッチ」

「そうじゃない。Sウイッチだろう?」

「ええ? S-Wich?? なるほど、そうも読める」

「突如いなくなった魔女。その名前”S”。そしてSウイッチと書かれた釦。それを押したらなにが起きると思う?」

「内容、なにが起きるんです?」

「おそらく、魔女Sが現れる」

「誰か、押したんですか?」 

「いや。誰も押したことがないんだ」

「押してないなら、なにが起きるかわからないじゃないですか」

「そりゃあそうだが、だが、もしその釦を押して魔女が現れたらどうするんだ?」

「その魔女Sっていうのは怖いんですか?」

「それもわからん。わからんから怖いのだ」

「確かに。わからないというのはちょっと気持ち悪いですね」

「そうだ。だから今まで誰もその釦を押したことがないのだ」

 あれから一カ月過ぎたが、地下室には懐中電灯を持って降りてみた。奥野が言ったようにとくになんの変哲もないただの地下室だった。電灯はなかった。電灯がないということは、それを点けるスイッチなどあるはずもない。そのうち電気がつくようにしようとは思っているが。

 そういうわけで、あのSWitcは未だに押していない。押したところで地下室に電灯はないのだし。しかし、いったいなんのスイッチなのだろう。あれを押すとどこかのスイッチがはいるのだろうか、それとも本当に魔女Sが現れるのだろうか・

 ひとつお願いしたい。誰かあのスイッチを押しに我が家に来てはくれないだろうか。

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第六百七十四話_short 干渉者 [allegory(寓意)]

 朝からなんとなく鼻がむずむずしてなんとなく熱っぽい気もする。午前中は仕事場に行ったのだが、どうも調子がおかしくって、ははぁこれは風邪をこじらせかけてるなと思って病院に出かけた。

 仕事場からほど近いところにある総合病院は、平日だというのに子供や年寄りが出たり入ったりして思いのほか混雑していそうだった。

 自動扉が開いて中に入ると、黒いジャケットの男性が近寄ってきた。

「どうされました? 風邪……でもひかれましたか?」

 なんだこの人は顔を見ただけで病気がわかるのか? たいしたものだなと思いながら答えた。

「ええ、そうなんです。どうやら風邪を……」

 私が言い終わらないうちに男が言った。

「熱がおありでしたら、まずは内科に診てもらえばいいと思いますが、鼻や喉の調子がおかしいっていう感じじゃないですか? もしそうなら、耳鼻咽喉科がいいと思いますよ。内科だと総合的すぎてね、そりゃあもう耳鼻咽喉科の先生のほうが即効で治す手当をしてもらえますから」

「あ、そうなんですか。ええと、確かに鼻にきてるんですけれども……なんだか熱っぽいような気もするので」

「あ、なるほど。鼻からきて熱っぽいと。ううむ、それなら一応内科で診てもらってから、そのあと耳鼻咽喉科でも診てもらうっていうのはどうでしょうかね」

「内科へ行って、そのあと耳鼻科ですか……そんなふたつも行かなきゃあいけませんかねえ?」

「あ、いえ。行かなければならないということではありませんけどね、念には念をなんて言葉もありますのでね」

「あの、私仕事を抜け出してきているもので、そんなに時間をとれない……」

「ああ、そうですね。そりゃああなたの身体なんですから、決めるのはあなたですよ。でもね、風邪だからって侮ってはいけませんよ。風邪をこじらせて肺炎になったり、気管支炎になって、それが長引いてしまって、なんて方もいますからねえ。ほら、ら、あのお年寄りをご覧なさい。最初は風邪だと思っていたら肺炎にかかってしまって、もう何日も入院してたんですけどね、ようやく退院できるところまでになったみたいですけどね」

「ははあ。そうなんですか……」

「ちょっと、口を開けてみてください」

「「え? 口を?」

「そうです。喉を見せてください。ほら、ああーんって」

「ここでですか?」

「そうです。ここで」

 私はいきなり診察がはじまったので驚いたが、まぁ話が速くていいや、あんなに待っている人がいるのにと思って、入口を入ったすぐのところで突っ立ったまま口を開いた。

「ああーん」

 男は私の口の中を覗き込みながら、真剣な顔で言った。

「やはり少し喉の奥が腫れていますね。これはやはり耳鼻咽喉科にも診せたほうがよろしいかと」

 私は口を閉じて訊ねた。

「あの、先生は内科のお医者さんで?」

「いえ、違いますよ。 内科はニ階ですのでね。でもその前に受付をしなけりゃあなりませんよ。ほらそこ。健康保険証は持ってきましたか? そこの番号札をとって、それから受付に行くんですよ。じゃあ、何かありましたらまたお声をかけてくださいね」

「そうですか。で、先生は耳鼻咽喉科の?」

「いえ、それも違います」

「じゃあ、先生は何科のお医者さんなんです?」

「ああ、私? 私はただの付き添いですよ。ほら、さっきの退院する爺さんを迎えにきた奥さんについてきただけです。いえ、長い時間待たされてたところへあなたの姿が見えたもので。気になりましてね。ではまた」

 なんだ? 医者どころか病院の人間でもない? 私はいったいいま誰となにをしてたんだ? 早く受付して待合で並ばなきゃあ。ありゃなんなんだ、おせっかいおじさんか? なんなんだ、この無駄な時間は……。

おせっかい.jpg 

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